Coming Through the Rye(2016 アメリカ)

監督/脚本:ジェームズ・スティーヴン・サドウィズ

製作:ジェームズ・スティーヴン・サドウィズ、テリー・グレナン、スタン・エルドライヒ、サラ・エリザベス・ティミンズ

製作総指揮:ジェフ・スティーン、アレクサンドル・ウッドワード

音楽:ヒース・マックニーズ、ジェイ・ナッシュ、グレッグ・ラフォルテ

撮影:エリック・ハート

編集:トッド・ホームズ

出演:アレックス・ウルフ、ステファニア・ラヴィー・オーウェン、クリス・クーパー、ジェイコブ・ラインバック

 

①気持ちの良い青春映画/ロードムービー

1969年、名門の男子校に入学したジェイミーは、「ライ麦畑でつかまえて」を舞台化して上演することに情熱を傾けています。上演には作者であるJ・D・サリンジャーの許可が必要。しかし、サリンジャーは隠遁生活を送っていて、どこに住んでいるかもわかりません。

フットボール部の連中に部屋を襲撃されたジェイミーは、もう学校には戻らないことを心に決めて、サリンジャーを探す旅に出ます。演劇サークルで知り合った少女ディーディーは彼を止めようとしますが、彼の決心が固いと知ると、旅に同行することにします。

ニューハンプシャーへ、サリンジャーの住む家を探す二人の旅が始まります…。

 

とても気持ちの良い青春映画でした。

ロードムービーでもあります。若い二人が、初めて背伸びした旅に出かける旅映画。

秋のアメリカの風景がきれいです。色づいた楓の林や、どこまでも広がる畑、その中を続く道。

どこかオールドスタイルな、アメリカの旅の面白さが味わえます。

 

秋の日の夕暮れ、野原で綿毛を飛ばして遊ぶディーディー。

夕陽にキラキラと輝く無数の綿毛。その向こうで跳ねる、少女の笑顔。

旅の途中のこの瞬間は、ジェイミーの心に永遠に残るだろうなあ。ジェイミーが恋に落ちたのは、この瞬間じゃないだろうか。

映画の、いちばんの美しさの一つ。いつまでも続く瞬間を映し取ること。

それが出来ている映画だと思いました。

②「ライ麦畑でつかまえて」と共通する精神

それに、「ライ麦畑でつかまえて」へのオマージュですね。

本作はほぼサドウィズ監督の若き日の実体験とのことですが、映画全体が「ライ麦畑でつかまえて」になぞらえた作りになっています。

 

十代の鬱屈を抱えた少年が主人公であり、全寮制の名門校に所属している。

俗物めいた人々にうんざりしており、侮蔑を隠さない。そのことで更に孤立を深めていく。

兄弟に関してトラウマを抱え、そのことをひた隠しにしている。

学校にはもう戻らない決心をして、旅に出る。

 

それにもちろん、主人公ジェイミーは「ライ麦畑」に強く影響を受けていて、主人公ホールデンに自分を重ねているので、赤い帽子やスーツケースなど、寄せたイメージがたくさん出てきます。

 

映画自体の構成も、あえて近いものにしていますね。

冒頭、フットボール部を横目で見つつ、先生の家を訪問するシーンから始まったり。

第四の壁を破って観客に語りかける形で、読者に語りかけるホールデン・コールフィールドの口調を再現していたり。

途中、どこかの街へ行って働いて暮らそう、とか言い出したり。

最後、「自分の経験を語る」ということにある種の癒しを見出したり。

 

表面上のオマージュだけでなく、全体に込められた感情というか、思いの部分で、「ライ麦畑でつかまえて」とシンクロするものになっていると思います。

つまり、十代特有のモヤモヤした思い。誰にも理解されないと思う孤独感。

子供時代の純粋なものを大切にしたいのに、どんどん大人社会に巻き込まれていく、それによって引き裂かれていく精神。

 

全体に流れるスピリットが共通しているので、本作は別に「ライ麦畑でつかまえて」の映画化ではないんだけど、それに近いものを観たような。

物語から受け取る感情が、とても近いものがあったように思いました。

 

③恋愛映画でもあり、ミステリでもある

本作は恋愛映画でもありますね。ジェイミーとディーディーとの、甘酸っぱいようなぎこちない恋愛。

まだ恋人じゃない女の子と、二人っきりで旅をする。一夜を共に過ごす。その高揚と緊張。

うぶなジェイミーだから、緊張の方が勝ってしまう。いろんな思いが交錯して、いっぱいいっぱいになってしまう。そんな少年の空回りぶりがリアルです。

 

ディーディーは、物語的にはちょっと出来すぎた女の子、という感はあります。

出会った時から冴えないジェイミーを好きでいてくれて、ジェイミーがダメな奴でも優しく見守ってくれて、頑張れと背中を押してくれる。

そりゃこんな女の子が一緒なら、旅だってなんだって出来てしまうよ…という感はあります。ジェイミー、甘やかされ過ぎの感は拭えません。

 

でも、まあ、映画としては、彼女がいてくれることで過剰に暗くならないで済んでる。

自意識過剰な男子の痛いところを客観的に見る視点があって、おかげで映画に程よいバランスとユーモアがもたらされてる。…という利点にはなっています。

 

ディーディーが絶妙な距離感でジェイミーを支え、少しずつ彼の心に近づいていくことで、ジェイミーは隠していたトラウマを打ち明け、頑なだった心を溶かしていくことになります。

ジェイミーの隠された過去の傷。それが後半に明かされることで、ジェイミーがどうしてそんな態度をとっていたのか、その理由も明らかになる。

 

本作はジェイミーの隠された動機を探っていくミステリでもあるんですね。

隠れていた事実が明るみに出て、様々な伏線がぴたっと収まる。その気持ち良さも味わえます。

④サリンジャーの描き方の、ビターな味わい

いくつかの幸運な出会いによって、ジェレミーはサリンジャーの家を突き止めます。

子供達の口ずさむ歌が手がかりになるのも、「ライ麦畑」を踏まえている感がありますね。「ライ麦畑でつかまえて」のタイトルも、子供たちが歌う童謡がきっかけになっていました。

 

1950年に「ライ麦畑でつかまえて」を出して、一躍有名になった後、J・D・サリンジャーは名声を嫌ってニューヨークを去り、ニューハンプシャー州コーニッシュの僻地に引きこもりました。

それでも初めのうちは、地元の高校生と交流したりしていたようですが、女子高生の一人が、学校新聞に載せる約束で行ったインタビューを地元の新聞に載せてしまったのでサリンジャーは激怒。高校生たちとの交流もぷっつりと絶ってしまいました。

 

小説の方も、1965年を最後に発表もやめてしまい、晩年は家に2メートルの塀をめぐらせて、完全な隠遁生活に入ってしまったということです。

80年代以降も伝記の作者を訴えたり、「ライ麦畑」の続編と称する作品の出版差し止めを求めて訴えたり、あくまでも他人に干渉されることを嫌い続けました。

2010年、91歳で老衰のため亡くなっています。

 

映画は1969年。まだ「2メートルの塀」というところまでの隠遁生活ではなく、まだある程度の世間との交渉は保っていたようです。

ジェイミーに対しても、「きみのような奴はたくさんいる」と言っています。ホールデン・コールフィールドに自分を重ねて訪ねて来る人は、実際にたくさんいたのでしょう。サドウィズ監督もまさしくその一人であり、「サリンジャーに会いに行くまでは85%、会って以降は99%実際通りの描写だ」と言っています。

ジェイミーのサリンジャーへの態度は、本当に実際の通りだったのでしょう。

 

サリンジャーへのジェイミーへの態度が、あくまでも厳しく、つれないものに終始しているのがいいですね。

こんな展開の映画だったら、「主人公の苦労に免じて」優しく温かく迎えてもらえる展開にしてしまいそうですが、きちんと現実通り、そう甘くはない厳しい態度を描いています。

サリンジャーのそう簡単には若者に迎合しない厳しさ、頑なさが、ディーディーの存在でちょっと甘くなった感のある本作に、ぐっとシビアな現実味を与えている。

ちょっとほろ苦い、ビターな印象を加えて、映画の持ち味をぐっと締まったものにしていると思います。

 

もちろん、現実にあった通りに描くというのは、劇映画にサリンジャーを登場させて役者に演じさせる上で、最低限の礼儀だろうと思います。

こんなこと、それこそサリンジャーが生きていたら、絶対に許さなかっただろうから。

 

サリンジャーの態度は厳しいものだけれど、でも決して上から目線で侮蔑したような態度ではないんですよね。ジェイミーを門前払いにはせず、きちんと話を聞いて、その上であらためて、拒絶しています。

子供扱いしていない。あくまでも大人同士として、礼儀正しい対等な対応をしています。

だからこそ、反応がつれないものだったとしても、ジェイミーは(サドウィズ監督も)満足して自分の旅を終えることができた、のでしょう。

⑤キャストについて

ジェイミーを演じたのはアレックス・ウルフ

彼は「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」で、ジュマンジ世界でドウェイン・ジョンソンに変身するオタク青年スペンサーを演じていました。

決してイケメンではないけど、存在感のある人です。映画監督にもチャレンジするそうで、「The Cat and The Moon」という作品で監督デビューするそうです。

 

ディーディーを演じたステファニア・オーウェンは大人っぽいような子供っぽいような、独特の年齢の雰囲気がとても魅力的でした。

彼女の次作は、アレックス・ウルフが監督デビューする作品なんだとか。なんだか興味深いですね…。

 

サリンジャーを演じたクリス・クーパー

本物のサリンジャーとはあんまり似ていないけど、映画の中ではとてもしっくり来ていたような気がします。

サリンジャー本人は、絶対に認めなかっただろうなあ…。

 

2019年はサリンジャーの生誕100周年にあたるそうで、2019年1月には「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」という伝記映画が公開されます。

若き日のサリンジャーを描いているようです。本国では既に、2017年に公開されていますね。