3月11日の私。
大学時代の友人カップルの結婚式に参列するために、朝早くの美容院から始まった。
まさかこの日と被るとは思っていなかったが…。
気づいたのは、返信ハガキの出席に○をつけた後だった。
当時からとても仲がよく、かわいいカップル。
積極的でグイグイいく小柄な彼女に、
なんだか照れ照れしながら付いていくかんじの大柄な彼。
そんな二人のかわいい結婚式だった。
サークル仲間が大勢来るものと思っていたのだけれど、
顔を知っていたのは同じテーブルの5人だけ。
当時から社交的でなかった私は少しホッとしたのでした。
みんなと久しぶりに顔を合わして、
話す内容も笑うポイントも何ら変わりないことにも安心した。
すぐにちょっとした同窓会のようになった。
次々出てくる素敵な料理。
美味しいのは当たり前なのだけど、魚介類などが出てくると
内心放射能のことをどうしても考えてしまう。(すべて美味しくいただきましたが)
友人の結婚式、
あまり出席する機会がないのだけれど、なんだかんだでこれで5回目。
初めてみる友人たちのご両親のお顔を拝見するのが楽しい。
お父さん似だとか、お母さんと同じ身長だとか。
一人の人間の歴史がそこにあって、なんだかそれだけで感動してしまう。
そして最近の主流なのだろう、プロフィールビデオ。
これはずるいよね。
ちょっとセンチな音楽のせるだけで簡単に泣けてしまう。
それと同時に、逆にこれを私たちがするとしたら
これだけの写真をお互い準備できるのだろうか?と毎回思う。
2人で撮った写真すらないのに…。
披露宴の終盤に差し掛かり、新郎のバンド演奏が始まった。
当初5・6人のバンドで、結成当初から知っているバンドだ。
卒業後、何名かのメンバーチェンジを経て今に至るのだが、
知らないうちにフジロックにも出演していたようだ。
上手くなったなんて私が言えた義理ではないが、
本当に聞きほれるくらい素敵な演奏。
ジャズ研というサークルで、ほとんど幽霊部員だった私と
同じ楽器を担当していた新郎。
金管楽器というのは男性が持つ方が格好良く見える。
しかも彼は身長も高いので、長さのある楽器がとても映えるのが羨ましかった。
大学から楽器を始めたので、最初は確かにへたっぴだったけど
バンドをずっと続けて、楽器のレッスンにも通っているという。
そりゃあ上手にならないわけがない。
トロンボーンというポジションが真ん中になることはあまりないのだけど、
この日はバンドの中心で高らかにホーンを響かせていた。
式もお開きになり、その後友人と少し話した後
御堂筋の脱原発デモへ合流…のはずだったのに
私が合流できたのは解散地点だった…。
震災から1年ということもあり、私の中で当たり前だったあらゆることが
日常でなくなってしまったきっかけの日だったので、
デモには参加しておきたかった。 残念。
小雨振る中、たくさんの人たちが参加していた。
東京では国会議事堂をぐるりと囲むデモがあり、
関東にみならず各地方からたくさんの人が駆けつけた。
日本中、世界中でデモが行われた。
信じられないくらい多くの罪無きひとが亡くなった日。
あれからもう1年も経ってしまった。
この日くらい喪に服すことはできないのか、と言う人もたくさんいる。
もしかしたらそちらの意見の方が世間の主流なのかもしれない。
もちろんそういう考え方もある。
家族を亡くした人にとって。
故郷を追われた人にとって。
「安全な日本」が過去のもとなってしまった人にとって。
今日という日が別の記念日となった人にとって。
何が正しいとかじゃない。
それぞれが思う3月11日をすごせばいいと思う。
原子力発電について考えるようになったきかっけの日。
私にとってはそんな日になった。
だから、積極的ではないかもしれないけれど
これからもデモには参加していきたいと思う。
そして、いつまた同じようなことが、
私のすぐ近くで起きるかわからないから、
常に最悪のことを想定して準備をしておきたいと思った。
まずは猫に首輪をつけることと、キャリーケースを準備せねば。 (防災意識以前やね)