夏蜜柑の萌語り -204ページ目

【犬まこ】新たな恋の始まり①

 某国立大学。星月学園で3年間を過ごし、ここへの進学を志した。部活仲間の助けもあって、受験勉強を何とか乗りきり、俺は今、この大学に通っている。
 幸運にも再び弓道をする舞台にも恵まれ、仲間も増えた。
 —充実。そんな言葉がピッタリくる毎日だった。

「おーい、犬飼ー!」

 大会も近づいてきた初夏の昼下がり。
 弓道場への道を歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。
「おー、白鳥。どうしたんだ?」
「お前、次の講義取ってなかったっけ? そろそろ始まんぞー」
「あー、自主休講」
 にやりと口角を上げて笑うと、白鳥の目尻もだらしなく垂れ下がる。
「うひ。俺も」

 どの講義を取るかも、どの時間を空けるかも、全くの自由。—どう休むかも、自由って訳だ。

「大会近いもんな。座ってつまんねー話聴いてるヒマあったら、一本でも多く弓を引くよ」
「あぁ」
 2人で言い合い、弓道場に一礼をして入る。

 ——タンッ。

 凛と響く、矢が的に刺さる音。
「誰かいんのか?」
「そうみたいだな」
 射場を覗くと、そこに居たのは一人の女子。
 長い髪を高い位置で結って、真剣な表情で、ひたすらに弓を引いていた。

「……夜久」
 高校の頃からずっと見てきた、変わらない表情だ。気がつくと目が奪われる、そんな表情。
 俺の呟きに気づいたのか、夜久はこちらを見た。
「…犬飼くん!白鳥くん!」
 真剣さが一転して、花開くような笑顔を向けてくる。
「…っとに、こいつは…」
「どしたー犬飼?」
「何もねぇ!!」
 白鳥の顔を押し退けて、ごまかす。

「2人とも、自主練習?」
「おー、俺ら真面目だから」
「すごいね」
 この夜久月子という女は、自分の回りは男だらけという星月学園での3年間を無事に乗りきれるほどに、のん気で素直で天然で…残酷なまでに、鈍感だ。
「すごいだろ?真面目に授業さぼって自主練に来るんだからな」
「それって…真面目…じゃないような…」
「細かいこと気にすんな、さーて自主練!」
 夜久の声を無視して、俺たちは着替えるために更衣室へ向かった。

「しかし、またこのメンバーで弓道できるなんてな」
 白鳥が袴を身に付けながらしみじみと言う。
「…まぁな」
「夜久と、俺と、お前と、宮地と…。今年の新入部員のほとんどだよな」
「あぁ、俺ら以外だと…春名か」
 白鳥がその名を聞いた途端に顔をしかめる。
「俺、あいつ苦手ー」
「春名か?」
「そ!俺はおしとやかな子が好きなのー」
 白鳥は逃げるように更衣室から出ていく。
「夜久だっておしとやかじゃねーぞー」
 俺はからかうように言いながら、後を追った。



 全ての講義が終わる時間帯になると、先輩たちも集まってくる。午後からずっと練習していた俺たちも、一旦切り上げて、本練習の始まりを待っていた。

「笑うなよー夜久ー」
「だって、ふふ、白鳥くん昔と変わらないよね」
「ギリギリでここに入ったお馬鹿だからな」
「ちょ、犬飼ー!」
 白鳥をからかいつつ、談笑にふけっていると。
「あ、宮地くん!授業お疲れさま!」
 夜久が入り口に顔を向ける。
「あぁ。お前たちは早いな。…自主練か?」
「そうなんだよー宮地ー聞いてくれよ宮地ー!」
「うわっ、何だ白鳥、どうしたんだ」
 更衣室に向かう宮地の肩に泣きつくように張り付いて、白鳥はその場を去ってしまった。
 予期せず、夜久と2人にされたことに気づく。
「…ガキだな」
「そうだね。ふふっ」
 柔らかく笑う。
 お前はどんどんキレイになるな。—なんて言葉は、呑み込んでかき消す。

「月子ー!おはよ!」

 バタバタと慌ただしく、弓道場に入る声。サラサラの髪をショートに切り揃え、スラリとしたパンツ姿。ボーイッシュという言葉の似合う、ハスキーな声。
 1年弓道部員の春名真琴だ。
「真琴!おはようって、もう夕方だよ?」
「気にしないの!…あ、犬飼くんもおはよう」
「…よぉー」
 軽く手をあげる。
 夜久にとっては久しぶりにできた女友達だ。弓道部仲間ということもあり、今やすっかり親友だ。
「真琴、早くしないと部活始まっちゃうよ?」
「そうだったわね、着替えてくるわ」
 鞄を持ち直して、春名は更衣室へ歩いていった。

「…嬉しそうだな」
「そりゃあ、何だかんだ言っても、女子の友達が居ない高校生活を送ってきましたから」
「女子、ねぇ…春名もオトコみてーなもんじゃね?」
 からかい半分に言うと、予想以上にキツく睨まれる。
「犬飼くん、失礼だよ!真琴はすっごい優しくて、ホントに可愛いんだから!」
「へーへー」
 どの辺がだよ、と心中突っ込みながら、俺はテキトウに頷いた。



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