夏蜜柑の萌語り -203ページ目

【犬まこ】新たな恋の始まり②

 練習が始まれば、ふざけた雰囲気は一転する。金久保先輩とは違う部長なのだから、当然部の方針だって異なる。
 最初はその厳しさが辛かったが、俺たちはインターハイを制した高校だ。部長の期待もそれだけ大きいってことなんだろう。

「犬飼!姿勢が乱れてるぞ!」
「はい!すいません!」
 今日は姿勢。怒鳴られてハッとする。毎日叱られて、新しい課題を見つけていく。
「犬飼くん、大丈夫?」
 夜久が心配そうに訊いてくる。
「大丈夫だ。—楽しいよ」
 汗を拭ってそう言うと、夜久は満足そうに微笑んだ。
「うん!お互い頑張ろう!」
 夜久も宮地も…すげぇよな。2人ともインターハイでは個人戦での活躍もあった。ここに入部した当初から、先輩を上回るくらいの技術を見せて、みんなを感心させてたもんな。
 白鳥と俺は…あいつらに及ばないから、怒られてばかりだ。
「わ!真琴、また皆中…!」
 夜久の声に、顔をあげる。
 春名が、先輩の指導を受けつつ、弓を引いていた。夜久とはひと味違う力強さがある。
 しかも、インターハイで夜久と顔を合わせたこともあるらしい。要するに実力も全国クラス。夜久ともいい勝負ができるんだろう。
「親友で、ライバル…か」
「え?」
「いや、何もねぇ。さーて、イメトレでもすっかなー」
 夜久から離れて隅に行こうとした。

「じゃあ今から休憩ー!」

 気合いを入れて歩き出した足が滑る。
「ダセェなぁ…」

 弓道場の張り詰めていた空気が解け、思い思いに水分補給や談笑に移る。
「なー宮地ー宮地ー」
「なんだ!」
 白鳥がまた宮地に張り付いている。
「お前心理学取ってたっけー」
「どうしたんだ」
「先週寝坊したからレジュメほしー」
「知るか!」
 2人のやり取りを、夜久がくすくすと笑いながら見ている。
「白鳥くん、わたしも取ってるよ?コピーする?」
「うおっまじか!」
「夜久!あんまり甘やかすな!」
「まぁまぁ。宮地くんだって、何だかんだで助けてくれるでしょ?」
 宮地が言葉に詰まる。
「前にわたしが遅刻したときだって、席取っといてくれてたし」
「お前そんなことしてたのか!ずりーぞ!」
「夜久!」
 真っ赤になって怒る宮地がおかしくて、思わず頬が緩む。
「…締まりのないカオ!」
 横から聞こえてきた声に、慌てて振り向く。
「なんだ春名か。失礼な奴だなー」
「だってすっごいニヤニヤしてたわよ?」
「しょーがねーじゃん、宮地おかしい」
 指差してやると、春名も宮地に視線をやって、納得したように頷く。
「宮地くん、あんな顔するんだ。白鳥くんは分かりやすいけど」
「はは。宮地もあれで分かりやすいぜ?高校時代もさ…」
 春名に色々話してやると、春名もその都度腹を抱えて笑う。
「要するに、皆月子が好きなのねー」
「あいつが無事に高校生活を過ごせたのは、あいつの鈍感さの賜物だと思うぜ」
「あはは、確かに」
「ほんと…鈍感だったよ…」

 今は違う。あいつにもあいつの…。

 ふと、春名が俺の顔を覗き込んでいるのに気づく。
「—何だよ?」
「…犬飼くんも?」
「はぁ?俺は別に、鈍感じゃねーよ」
「そこじゃなくて」
 妙に真剣な瞳。目を離せなくなる。
「犬飼くんも、月子の鈍感さに…苦しめられたの?」
 —鋭い。
 実際その通りだが、認めるなんてガラじゃない。
「ばーか、俺はあいつらを眺めて楽しませてもらってたよ、今みてーにな」
 —良かった、笑えた。意外と、ショックを引きずってたんだな…。

「休憩終了ー!再開するぞ!」
 部長の声に、俺はそのまま春名に背を向ける。
「オラ、行こうぜ」
「あ、そうね…」

 その後の練習に身が入らず、前半以上に怒られたのは言うまでもなく。
 あまりに怒りを買ってしまい、部長から帰りの掃除を命じられてしまった。
「犬飼ィー。どーしたんだよ、お前らしくもねー」
 白鳥にまで心配された。情けない。
「何でもねーよ。早よ帰れ!」
「犬飼くん、ごめんね?手伝いたいんだけど、あの…」
 申し訳なさそうにそう言う夜久の手には、携帯電話。
 着信ランプが光っている。きっと、出たくてたまらないんだろう。
「あー?レポートが明日までなのにまだ一文字も書いてないだぁ?とっとと帰ってやれよ!掃除どころじゃねーだろうが」
 テキトーな理由を夜久に押し付けて帰らせる。
 弓道場に一人残り、掃除をしながらため息をつく。
「ほんと…ダセェな…」
 3年間、部員全員から想われていながら、誰の想いも届かなかった。だからこそ安心して、言葉を伝えることもしなかった。
 そして俺が立ち止まってる間に、あいつは…。
「…ちくしょ」
 動き出さなかった自分のせい。それでも、これからも仲間として一緒に弓道ができるんだからいい。そう思っていた。
 けど、春名につつかれたら、動揺した。
 悔しかったんだ、俺は…。






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