夏蜜柑の萌語り -171ページ目

【夏組】チョコレート争奪戦!①

 それは、金久保の卒業も近づいたある日のことだった。

「な…なぁ!夜久!」
「どうしたの?白鳥くん」
「ら、来週が何の日か、知ってるか!?」
 部活が始まる前の掃除をしている、他の部員の手が止まった。
 夜久は人差し指を唇に当て、斜め上を見て考える仕草をする。
「来週…?14日…だよね…?」
 そして、思い付いたように視線を下げ、少し呆れたような声で笑う。
「だめだよー白鳥くん、いくら探りを入れても、生徒会の情報は教えないんだから!」
「…へ?」
「あれ?来週、って…生徒会のイベントのことじゃないの…?」
 白鳥があからさまにがっかりした。
「違うだろ…お前…」

 木ノ瀬が夜久に近づき、役得とばかりに耳打ちする。
「せーんぱい。たぶん、白鳥先輩は、夜久先輩からのチョコが欲しいんですよ。生徒会からのではなく」
「ひゃっ!梓くん!?…わ、わたしの…?」
「あんな遠回しに言われたんじゃわかりませんよねぇ。…あ、僕は先輩からのチョコ、楽しみに待ってますからね?」
 夜久の肩に手を回そうとした木ノ瀬の腕を、両サイドから白鳥と犬飼が引き剥がす。
「ちょーっと梓くぅーん?聞き捨てならないねぇ?」
「何するんですか、個人的にお願いするくらいいいでしょう?」
 つまらなそうな木ノ瀬に、珍しく小熊が反論する。
「でっ…でも、木ノ瀬くんの今の言葉は、半強制だと思います!白鳥先輩はあくまでも夜久先輩の自主性を…!」
「おーっ小熊頑張れー」
「もっと言ってやれー」
 明らかに棒読みの声援が小熊に贈られる。
 夜久は完全に部外者にされ、苦笑する。
「自主性って…私、既に置き去りにされてるよ?」
 夜久は時計を見て、辺りを見回す。
「それに…そろそろ部長も来るんじゃないかな。遊んでないで掃除を終わらせないと…」
 夜久がそう言って、背後を見やったときだった。

「いつまで遊んでるんだ!」

 現部長の雷が、夜久以外の全員の頭に落ちた。
「みっ…宮地!!」
「だから言ったのに…」
 宮地はクスクスと笑う夜久の額を小突く。
「いたっ」
「お前もだぞ。少しくらい副部長としてまとめる努力をしてくれ」
「ご、ごめんなさい…」
「…まぁいい。全員集合しろ!」
 宮地の声に従い、全員が集合したところで、全員が宮地の後ろに居る人物に気づく。

「金久保先輩!」

 夏で部活を引退した金久保が、制服姿で現れたのだ。
「久しぶり。みんな元気そうで安心したよ」
「職員室で出くわしてな…今日は皆の練習を見に来てくださった」
 夜久たちは揃って頭を下げる。
「…ところで、君たちさっき面白い話をしてたね?」
「金久保先輩…!それは…!」
 宮地が止めようとするが、白鳥はそれより早く食いついていた。
「そう!そうなんすよ!先輩だってこいつがどうするのか、気になりますよね!?」
「そうだねー…確かに、気にしていたことではあるね」
「金久保先輩まで…」
 宮地は呆れ返るが、こうなると白鳥たちは止まらない。
「ですよね!ここに夜久のチョコが気にならない奴は居ない!」
「部長は知らんけどな。あと本人」
「犬飼は黙ってろ!」
 白鳥はオホンと咳払いをする。

「だから俺はここに、夜久のチョコを要求する!」

「えぇっ!?」
「却下だ」

 宮地が即座に否決する。
「なんだよ!宮地の横暴!」
「当然だ!そんな、稽古にも全く関係ない…!」
 そう言いつつも夜久から視線を外せない宮地を見て、金久保がいたずらっぽく微笑む。
「だったら…特訓だったらいいんだね?」

「え…?」

 その場に居た全員が、金久保に注目した。
「みんなが真面目に弓道をやるならいいんでしょ?じゃあ、真剣勝負をしようよ。夜久さんのチョコレートを、景品に」
 金久保が夜久に目配せする。
「わっ…わたしの、ですか?」
「夜久さんの使命は、美味しいチョコを用意すること!欲しい人は、その勝負に参加する。どう?」
 心底楽しそうな金久保の微笑み。
 白鳥が真っ先に手を挙げる。
「はいっ!俺やる!今の俺なら木ノ瀬にも勝てる気がする!」
「そういう勝負なら…参加しないわけにはいかないですね。宣戦布告もされてしまいましたし」
 木ノ瀬が続いて手を挙げて、さらに犬飼と小熊も乗る。
「まぁここは乗っとくのがスジでしょ」
「理由はどうあれ、先輩や木ノ瀬くんと真剣勝負…僕もやります!」
 その小熊の様子を見て、夜久が嬉しそうに微笑む。
「小熊くん…来年はレギュラーになれるよう頑張るって言ってたもんね。梓くんたちと真剣勝負、させてあげたいな」
 金久保が同意するように、夜久の頭を撫でた。
「君は優しいね。確かに、小熊くんのためにもなるよね。じゃあ僕も参加だ。君からのチョコ、欲しいしね」
「えぇっ!?」
 夜久の動揺する声は無視して、金久保は参加者を数え始める。
「白鳥くん、木ノ瀬くん、犬飼くん、小熊くん、僕…あれ?宮地くんはいいの?」
 一歩離れていた宮地が、眉間の皺を深くする。
「俺はそんなふざけた…」
「真剣勝負だよ?小熊くんは特に宮地くんを尊敬してるのに…勝負してあげないの…?」
 夜久のチワワのような瞳に、宮地は言葉を詰まらせる。
「それに、勝負は弓道で決するんだし!校内練習試合だと思えば!」
「ま、まぁ…確かに…それはそうだが…」
 じゃあ、と言いながら、夜久は金久保たちの元へ、宮地を押し出した。
「はい、宮地くんも参加ね」
「かっ勘違いしないでください!俺はあくまで、部長として…部内で起こったことには目を向ける義務があると言うか…」
「はいはい。じゃあこのメンバーでいいかな?夜久さん」
「はい!みんながやる気になれるように、飛びっきり美味しいチョコ、用意しますね!」

 こうして、夜久のチョコを巡る男たちの戦いが始まるのだった…。