夏蜜柑の萌語り -168ページ目

【夏組】チョコレート争奪戦!③

 2月14日。
 ついに運命の日はやって来た。
 続々と集まってくる部員の目にも、本気の色がにじみ出ている。
 夜久は昨夜ラッピングをした包みを持って道場に入り、その空気に圧倒された。
「よろしくお願いします…」
 金久保が近付き、彼女の不安を察したように頭を撫でる。
「みんな真剣だね。よっぽど景品が魅力的なのかな?」
 ふふ、と微笑む金久保に、夜久は思わず顔を伏せる。
「そんないいもの、作れなかったですよ…」
「大丈夫、きっと美味しいよ。僕も優勝目指して頑張るから」
 金久保の優しさに嬉しさを感じながら、手にした包みに目を落とす。
 きっと大丈夫…そう信じる気持ちで、夜久はその手に力を込めた。

「よし、参加者は全員揃ったな!ではこれより、部内試合を開始する!」
 進行役に入った宮地の言葉で、全員が集まってくる。
「試合形式は公式の個人戦だ。前日に夜久に頼んでクジを引いてもらって、組み合わせは決まっている」
「6人でトーナメントかよ…シード圧倒的有利じゃねえか…」
 そうこぼす犬飼の言葉を無視して、宮地は決定した組み合わせを発表する。

「シードは白鳥と小熊、白鳥側の一回戦は俺と金久保先輩、小熊側が木ノ瀬と犬飼だ」
 ざわ、と場がどよめく。一番落ち込んでいるのはもちろん犬飼だ。
「木ノ瀬!?勝てるわけねー!」
「犬飼先輩?そんな弱気なら、どのみち優勝は無理だと思いますよ?」
 木ノ瀬が不敵に微笑む。
「そうだぞ犬飼!この間の作戦会議を思い出せ!」
 白鳥が妙に嬉しそうに声援を贈る。
「あ、あぁ…」

「ではまず、一回戦…金久保先輩と、俺の試合を始める」
「よろしくね、宮地くん」
「こちらこそ…よろしくお願いします」
 軽い握手を交わし、二人は自身の弓を用意した。

 金久保は引退しても健在の安定力を見せる。
 唯一の弱さと言うべきだった精神面もインターハイを通して完全に克服し、射る矢には一切の迷いがない。
「やっぱり先輩はすごい…」
 夜久がほぅ、と感嘆の息を漏らす。
「次は宮地部長ですね」
 シードと聞いて少し安心したのか、緊張した様子も見せず、小熊が宮地を見つめた。
「宮地くんはきっと大丈夫よ。いつも迷いないもの」
 宮地が少しだけ目を閉じて何事か祈念し、鋭く的を見据えた。
 その視線、構える弓、放たれる矢…。全てに試合の時と変わらない真剣さがにじみ出る。
「宮地部長…かっこいいです…」
 小熊がそれを熱心に観戦する。
「絶対に負けない、っていう気迫が…こっちまで伝わってきます」
「公式大会じゃなくても、あそこまで真剣になれるってすごいよね…。よっぽど弓道に対してストイックなんだよね」
「いや…というより…」
「え?」
「あ、いえ…」
 言い淀んだ小熊が、視界に、隅で何事か話し合う犬飼と白鳥を捉える。
「あっ…僕ももう少し練習しときます!」
 小熊は続きの言葉を呑み込んで、夜久に一礼してその場を去った。
「何だったのかな…? それにしても…二人ともすごい気迫」
 その気迫の意味はもちろん夜久には解っていないが、ここまでノーミスできていた2人。
 しかし、何巡目かの金久保が、ついにその均衡を破った。
「あっ…!」
 矢が射られた瞬間、本人はもちろん、宮地も、夜久にも違和感があった。力強さは全く変わらないが、描く軌跡が少し変化し、的の中心を外れてしまった。
 その後は持ち直したものの、終始皆中を崩さなかった宮地の前では、その一度のミスが最後まで引きずられる形となった。

「金久保先輩が負けた!?」
「宮地が…勝った!?」

 道場内にどよめきが広がる中、宮地と金久保は試合後の握手を交わす。
「持久力不足…だね。引退の弊害かな」
 少しだけ悔しそうに敗因を呟く金久保に、宮地は深々と頭を下げた。
「ずっと望んでいた先輩との勝負…公式でもないのに真剣に挑んでくれて、ありがとうございました」
「こちらこそ。強くなったね…宮地くん」
 二人はもう一度、固く握手を交わし、微笑み合う。宮地はもう一度頭を下げ、そして道場全体に声を響かせた。
「では次!犬飼と木ノ瀬、始めてくれ」
「はぁーい」
 木ノ瀬がいつもの様子で現れる。その手には既に弓がある。
「木ノ瀬だけか?犬飼はどうした?」
「さぁ…?」

「みっ…宮地部長!木ノ瀬くん!大変ですー!」

 その時だった。
 一人で練習していたはずの小熊が、焦ったように駆け戻ってきたのだ。
「どうした?」
 少し息を整えて、小熊は慌てた様子で話す。
「犬飼先輩と白鳥先輩が、正攻法じゃ勝てないからってお二人によからぬことを…」
「よからぬこと?」
「具体的には、ゆがけを隠そうとしていました!」
「あいつら…!」
「作戦会議ってこれだったんですかねぇ…」
 切らせていた息がようやく落ち着き、小熊は道着の袷から二つのゆがけを取り出す。
「それでこれ…協力させられそうになって、預けさせられたので…逃げてきました」
「小熊くん、偉い!」
 様子を聞いていた夜久が、興奮した様子で割り込む。
「確かに、小熊の手柄だな」
「そうですね…ゆがけを盗られたことに気づかないなんて不覚でした」
 小熊からゆがけを受け取り、二人は礼を言う。

「小熊くん、わたしからもありがとう。これ、小熊くんにあげちゃう」

 そう言って夜久が差し出したのは、なんと例の包み。
 小熊や金久保も含めた、その場にいた全員が凍りつく。

「…えっ!?」

「あ、あの、夜久先輩…?」
「夜久さん、それは唐突すぎないかな?」
「お前、この後の勝負はどうするんだ…?」
「夜久先輩…なんて言うか、さすがですね…」
 夜久は気にする様子もなく、満面の笑みを絶やさぬまま。
「さっきの金久保先輩と宮地くんの試合を見てても思ったけど、やろうと思えばいつでも真剣勝負って出来ると思うのよね!小熊くんと梓くんなんて同い年なんだし、これからいくらでも試合できるよ!」
 そして、包みを小熊に押し付けて続ける。
「っていうか、見てるだけじゃつまんなくなってきた!わたしとも誰か試合しようよ!」
 その言葉に、全員が笑い出す。
「もう…あなたには敵いませんね」
「まったくだ。やはりお前は最強だな」
「じゃあ小熊くんは僕が相手になるよ。射形も見てあげる」
「ありがとうございます!金久保先輩!」

 こうして場が収まりかけた頃に、白鳥と犬飼が息を切らせて戻ってくる。
「さぁ!木ノ瀬待たせたな!男と男の真剣勝負を…始め…」
「あれ?なにこれ?」
 二人を迎えたのは、少しの冷たい視線と、シカトと、何やら預かり知らないところで盛り上がる暖かい空気と、乗り遅れた寂しい心…だった。
「あぁ犬飼先輩。試合なら、超ファインプレイで小熊が優勝しましたよ。真剣勝負でしたら試合外でもお相手しますよ?ゆがけもありますしね…?」
「そうだ、あのままいけば俺の次の対戦相手は白鳥だったな?せっかくだから、勝負するか。…ゆがけもあるしな…?」

「「いやああぁぁぁぁ!!!」」


 星月学園弓道場には、今日も元気な声が響いている。





 後日、夜久からのチョコを小熊から奪って食べた犬飼と白鳥が、1時間ほどトイレから離れられなくなったのは、また別の話である…