夏蜜柑の萌語り -159ページ目

【犬飼】気づかされて

「神話科1年の犬飼隆文っす。よろしくお願いしやーす」
 3人並んだ新入部員の一番端で、名乗りつつ軽く頭を下げた。隣に立ってる奴の睨み付ける視線を感じた。きっとこいつは、星一徹タイプなんだろうと思う。
「俺は星座科1年の宮地龍之介です。よろしくお願いします」
 宮地、というらしい。姿勢もいいし、強そうだ。
 そして、最後の一人。さすがの俺も、興味を引かれずにはいられなくて、宮地の陰から覗き込む。
「天文科1年の、夜久月子です。どうぞよろしくお願いします!」
 星月学園唯一の女生徒。それが、弓道部に入ってきた。
 俺の科でも、話題になっていた。同じクラスの青空とともに、不知火会長に目をかけられて生徒会にもスカウトされたって話だ。
 聞けば聞くほど、話題性の女だ。
「弓道部へようこそ、僕が部長の金久保誉です。頼りないかもしれないけど、よろしくね」
 部長が穏やかに微笑んで、俺たち3人を迎え入れる。
 あぁ、期せずして一番面白い部活を選んでしまったな。


 正直、意外だった。
 夜久が男にまみれてもがむしゃらに頑張れる奴だってことはもちろんだが、それ以上に…。
「あぁ…また駄目だぁ…」
「夜久、余計な力を入れすぎだ。もっとリラックスしろ。狙いすぎるな」
「いつもごめん、宮地くん…」
「べ、別に構わん」
「ふふ、ありがとう」
 あの堅物宮地から、こうもアッサリ優しい微笑みが引き出されたことだ。
 夜久は全く気づいてなさそうだが、宮地自身は気づいているんだろうか。心の中に抱えている、隠しきれない想いに…。

「じゃあ今日の練習はここまで!みんな、お疲れさま!」
「お疲れさまでした!」

弓を片付けながら、宮地に声をかけてみる。
「なぁー宮地、夜久と何かあった?」
 宮地が思い切りむせて、苦しそうに咳き込む。
「おっ…お前、突然何を言い出すんだ!」
「だってよー! ただならぬ雰囲気だったぜ?」
「…別に何もない。たまに部活が終わったあと、手ほどきをしてやってるだけだ」
 そういうことか、と納得すると同時に、宮地がとてつもなく可哀想になる。
「部活後に二人きりで…ねぇ…」
「弓道をしてるだけだ! お前がニヤけて想像するようなことはない!」
 さすが夜久だ…。その状況で何もないって…。
「大丈夫大丈夫、お前はいい男だよ、自信持っていけー」
「何の話だ!」
 こんなからかいに顔を真っ赤にして、宮地はほんとに正直でいい奴だ。こいつの想いがいつか報われたらいいと思うのは、全くもって嘘じゃないんだ。



 悔しい思いをしたはじめての夏の大会を終え、2学期がやって来た。
「みんな、ちょっと集まってくれる?」
 部長の声に、弓を引いていた手を止める。
「新しい仲間が増えたよ。さ、自己紹介してくれる?」
 部長に促されて前に出てきた、一人の男。宮地の目が、少し驚きの色を帯びた。
「星座科1年、白鳥弥彦。…よろしく…お願いします」
 小さく頭を下げ、俺たちを…否、そいつは夜久だけを、舐めるように見ていた。
「星座科だから、宮地くんのクラスメイトだよね。色々助けてあげてね」
「は…はい…」
 この時感じた胸騒ぎは、すぐに現実のものとなった。

「なーなー犬飼ー」
「なんだよ?」
 白鳥とは、気があって何となくよくつるむようになった。ノリが良くて、飽きない奴だ。
「夜久って、コレ居んのかな!?」
 そう言って、白鳥は自身の親指を立てて見せる。
「さぁなぁ。アイツは鈍感そうだからなー」
「やっぱそうだよな! よし、積極的にいけば勝機はある!」
 そう言って、夜久に突撃しようとした白鳥の手を、思わず掴んでいた。
「…なんだ?」
「や、えーと…悪い」
 本当に、何をやっているんだ、俺は。
 そうこうしている間に、自主練習をしていた夜久の傍には宮地が寄ってきていた。どうやら、夜久の頼みで、アドバイスをしてやっているようだった。
「おーぃー! 犬飼のせいで突撃し損なったじゃねぇかよー」
「はは…悪い悪い」
 ふざけたように殴りかかってきた白鳥が、はたとその動きを止める。
「…ひょっとして、邪魔したのか…?」
「そんなわけ…ねぇだろ?」
「宮地わかりやすいもんな。普段は鬼なのに…」
「だから、そんなんじゃねぇって」
 白鳥を信じさせるように、真っ直ぐに目を見る。
「…だよな! でもさぁ、お前はどうなわけ?」
「…え?」
 部長が練習開始を告げ、白鳥がそちらに向かいながら、小さな声で呟いた。
「そうやって回りを見てんのもいいけどさ…お前はあいつをどう思ってるのかって話だよ」

 俺が…?

 考えたこともなかった。
 思えばここが、動き出した瞬間だったのかもしれない。


「あ、居た居た、犬飼くん!」
 あれから数日後、部活に向かうため校舎内を歩いていたら、後ろから呼び止められた。
 振り向かなくてもわかる、夜久だ。
「おー、なんだー? 今日は遅刻するんじゃなかったか? 生徒会なんだろ?」
 周りの視線が痛い。改めて、こいつは全校生徒のお姫様なんだと思い知らされる。実際のこいつは姫なんてガラじゃなくて、強くてたくましい…女騎士だというのに。
「ちょっと用があって…なにニヤニヤしてるの?」
「いやー? お前に夢見てる男子どもが不憫でなー?」
「何のこと? あ、そうそう、ハイこれ」
 そう言って夜久はノートを差し出してきた。
「颯斗くんに頼まれたの、渡してくれって。部活行ったときでもよかったけど、ちょっと手が空いたから」
「おぅ悪いな、そういやノート貸してくれって頼んだのに、渡してもらってなかったわ」
 差し出されたノートを受け取る。
 こつんと、ノートの裏で夜久の指が触れた。
「――っ!」
「あ、ごめん、痛かった? そういえば爪切らなきゃ…」
「いや、平気だし…」
 全く検討違いの心配をし始めた夜久に悟られないように平静を装う。
 今になって、夜久が普段の凛々しい道着ではなく、ここではこいつでしか拝めない制服姿だと気づく。
 道着では隠されている細くて華奢な腰とか、脚とか…
「どうしたの? 犬飼くん…」
「あ、いや、何でもない…。ノート、サンキューな」
「どういたしまして。じゃあ私、仕事に戻るね。なるべく早く部活行くから」
「待っ…!」
 踵を返そうとした夜久の腕を、思わず掴んでいた。
「…どうしたの?」
「…いや、何でも…」
 俺を覗き込む、夜久の心配そうな瞳。
 誰に対しても、こうやって真っ直ぐ向かってくる夜久の瞳に、全てを見透かされそうになる。
「は、早く仕事片付けてこいよ! …皆、待ってるからな!」
 そっと手を放す。夜久の顔が、一瞬驚いて、次の瞬間には太陽のような笑顔になった。
「うん! 行ってきます!」

 走っていく夜久の背中を見送る。
 頭の中に蘇るのは、数日前の白鳥の言葉。

『そうやって回りを見てんのもいいけどさ…お前はあいつをどう思ってるのかって話だよ』

 そして次に頭をよぎるのは、宮地の真っ赤な顔。

『大丈夫大丈夫、お前はいい男だよ、自信持っていけー』
『何の話だ!』


 白鳥はよく分からないが、宮地は本気だ。間違いない。
 夜久はたぶん、まだ誰の想いにも気づいてないんだろう。
 誰かが行動を起こして、この均衡を破ったら? 夜久が誰かの想いを感じ取ったら?


「うわ、俺、なさけねー…」
 恐怖で、震えていた。今までの関係が壊れてしまうことだけじゃない。
 アイツが誰かのことを意識することすらも、恐ろしくてたまらない、なんて。
「あっれー、犬飼じゃん!」
 部活に向かおうとしていたらしい白鳥が、俺の肩を叩く。
「なにボーっとしてんの?」
「なんもねーよ! それよりさ、今日は多く的中させた方が宿題をやってもらえる…でどうだ?」
「いいなそれ! もちろん鬼の副部長には悟られないように…だろ?」
「あたりまえだろ!」
 今はとにかく、想いになんか気づかない振りをする。どれだけ辛い思いをすることになるかは分からないけど、現状維持できるならそれでいい。

 弓道部は、もう俺にだって大事な場所なんだ。