僕は物語が大好きです。


小説とか、映画とか、ドラマとか、漫画とか、演劇であるとか、


お笑いであったり音楽とかスポーツとか、始まりがあって、おわりがあるひとつのストーリーが好きなのです。


好きなことを書きます。


だれもみてないしね。


僕はすべからく物語に必要とされる条件があるものだ。と信じているものがあるのです。


それは、ハッピーエンドで終わるか、少なくともそれに近い方向で物語りは終わるべきではないかと。


ずっと思っているのです。


そうではないと救われないではありませんか。


たとえば、今にも自殺しようとして、その人が本当に救いのない物語を求めているのか、と。


その人が生きることや死ぬことに対して半信半疑でこの上なく悩んでたとしても、


それに対しては最低限の、前向きな、上手くはいえないけどポジティブな結論を出せるようなことを


結論として出さなくてはならないと思うのです。


でもね。


最近は物語というものに対して疑問を感じるようになっているんです。


仮に、物語がハッピーエンドやそれに向かうそれなりに美しい方向性で終わったとしても、


それを体感した読者は、明日があるのです。


どれだけ美味しい楽しいお酒を飲ん儀だとしても、次の日の朝は二日酔いなのです。


すばらしい読後感に浸っているとしても、それは薄まっていくわけで。


日常は続いていくんです。