「豊玉之男《とよたまのお》よ、そちは、大海原《おおわたはら》の世継《よつ》ぎである。豊浦宮の一族は、古くより大陸と行き来してきた秋津洲でも数少ない部族である。そちは、斉国の都、臨淄《りんし》の街に遊学していると聞いておるが、もう、何年になる。」

 「はっ。十三歳の時、知佳島《ちかしま》の昆迩《こんじ》殿に連れて行かれまして、早、五年になります。臨淄《りんし》では稷下《しょくか》の学舎と申しまして、多くの論客が各地から集まり、天下の成り行きや将来を語り、競い合って勉学にいそしんでおります。」

 「それで、なれは何を学んでおる?」

 金拆神《かねさくかみ》は、豊玉之男《とよたまのお》のしっかりとしたモノの言い様に、つい、言葉が出た。

 「われは、鄒衍《すうえん》先生のもとで、あめつちの根源について学んでおります。」
 「おお、華夏《かか》にも天地《あめつち》のことを学ぶところがあるのか。」


 「まさしく、天地陰陽《てんちいんよう》についての学問がございます。天地陰陽《てんちいんよう》とは、秋津洲《あきつしま》のあめつちの神々に通じるものであります。華夏《かか》では、太古の時代に天地陰陽《てんちいんよう》に関する易《えき》というものが記《しる》されておりまして、それを皆々で研究し、ひも解いております。さらには、五行《ごぎょう》(木火土金水《もっかどごんすい》)という命《いのち》の根源について、鄒衍《すうえん》先生は研究をなされております。天地に生きる命のあり方や天子のあるべき姿をお示しであります。」
 
 「なかなか、奥の深い話であるな。ならば、聞くが、天地陰陽《てんちいんよう》の国において、天に代わって政《まつりごと》を成す天子は、今、どこにおられるのか。周天子の威光で華夏《かか》はまとまっていると聞くが、唯一無二の天子、赧王《たんおう》のことを口にする者は誰一人として居ないそうではないか。」

 「いかにも、その通りでございます。以前は、周天子《しゅうてんし》こそが、唯一の王であり、それ以外の国主は、みなみな、天子の臣下であり、公《こう》と呼ばれておりました。ところが、近ごろでは、公と呼ばれた国主が、皆々、国王を名乗っております。われこそは、天子なりと互いに牽制し合っているのです。もはや、周天子の出る幕はございません。」

 「ならば、華夏《かか》は、いつか天地がひっくり返る日が来るとでもいうのか。」

 「華夏《かか》の学者の中でも、別格で尊敬されている孟《もう》先生ですら、『天地がひっくり返るほどに人の心は乱れている。とうに天子の徳は失われ、力でねじ伏せたものが王にふさわしいと皆々は思うようになった。まさに、天地は動転し、天命が改まる時である』と申されております。」

 「それは、恐ろしいことである。秋津洲《あきつしま》では、そのような華夏の波風を出来るだけ避けて通りたいものだ。海の向こうの事とはならないのであろうかの。」

 「もちろん、華夏の戦いに加われば、何時しか、それは、わが身に返ってまいりましょう。だが、このような時だからこそ、天地を支える柱は支えなければならないと孟先生《もうせんせい》は仰っています。」

 「ほう、その天地を支える柱とは、どのようなものであるのか。」     つづく

 

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