「それは、天地陰陽《てんちいんよう》の源に帰ることであります。秋津洲では、あめつちの神々が生きておられますれば、大丈夫にてございます。だが人々が、天地陰陽《てんちいんよう》の気を感じることがなくなれば、まずは命の尊さを忘れてしまいます。人としての思いやりを失います。母親ですら我が子への愛情をなくしてしまいます。父親は、戦いに明け暮れ、人殺しをなんとも思わなくなり、率先して戦いに向かい、功を競います。」
「なるほど、命は天地からの贈り物である。その命を疎かにすれば、世の中はまさしく魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界となるな。」
「それでは、誰が天地の秩序を守ることができましょう。誰が天命を知ることが出来ましょうや。天地に頭《こうべ》を垂れ、つねに、謙虚な心を保ち続けなければ、あめつちの源に辿りつくことはありません。」
青年のほとばしる熱情を全身で受け止めた金拆神《かねさくのかみ》は、久々に、内なる魂が沸き立つ感覚を覚えた。だが、豊玉之男《とよたまのお》には、むしろ突き放して返事した。
「天地に頭を垂れ、謙虚な気持ちでいれば、天地の柱を支えることができるのか。」
すると、さらに、青年のこころに火がついたのか。
「いかにも、左様であります。鄒衍《すうえん》先生は、『天の動きをすばやく感じ取り、大地の生命力に逆らわず、清らかに謙虚に受け入れる心を鍛えよ。』といわれております。戦いの時代は、いつかは、終わりがやってまいります。その時に、天地の柱が崩れないように心の準備をせよとのことで御座います。」
「う~む。豊玉之男《とよたまのお》よ、なれは、臨淄《りんし》で大変なことを学んでいるようだな。」
と、八潮男之神《やしおおのかみ》と同じ言葉を発して、豊玉之男《とよたまのお》の成長した姿を眩しく讃えた。
「ならば聞くが、無旦《むたん》王子を高天原《たかまがはら》に受け容れることで、秋津洲《あきつしま》は華夏の争いから逃れることが出来ると申すのか。」
「もちろんであります。越国《えつこく》のことは、もはや、楚《そ》や斉《せい》の将軍にとって、眼中にはございません。既に亡びた国であります。今は、秦国《しんこく》と斉国《せいこく》の東西二国が、その間にある北の趙国《ちょうこく》と南の楚国《そこく》をどのように取り込むことが出来るのかが、将軍たちの関心の的であります。楚《そ》は気を緩めると、たちどころに秦と斉から領土を奪われそうであります。斉《せい》もまた、趙《ちょう》や「」燕《えん》、楚《そ》の領土を狙っております。どうして、滅びた越国《えつこく》のことにまで、頭が回るでありましょうや。しかも、彼らにとって、東海の海の向こうは、世界の果てであります。幻の世界、黄泉の世界、死の世界でしかありません。 つづく
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