「さすがに、華夏の国のことには、詳しいのう。ならば、彼らは秋津洲と言っても、黒潮のちゅら海や、かしこねの海、瀬戸の海、高志の海、アツミの海に囲まれているわれら秋津洲のことは、知らないのか。」
 
 「ほとんど、頭の中にはございません。東海の遥か向こうの幻の世界、黄泉の世界であると思われております。現実に存在するのかすらも定かではないのです。」
 
 「だが、大海原《おおわたはら》では、豊浦宮《とようらみや》や松浦《まつうら》で海賊に襲われたと、随分と騒いでいるではないか。高天原からも阿津耳《あつみみ》が参ったはずである。」

 「確かに、西の海は方々で海賊の襲撃を受けておりまして、当初は、無旦《むたん》王子を追ってきた刺客ではないかと、皆々で疑っておりました。八潮男之神《やしおおのかみ》も、心配されて背後を捜査されましたが、そのような心配はなかったようです。海賊は海賊でありまして、その日暮らしの浮草にてありました。」
 
 「そうであったか。それならば、ひとまずは安心である。」

 「無旦《むたん》王子の為に、八潮男之神《やしおおのかみ》を熱心に説得されましたのは、知佳島《ちかしま》の昆迩《こんじ》殿でありました。昆迩《こんじ》殿は、大陸倭人《たいりくわじん》との接触も多いので、内陸の戦いと沿岸地域の情勢に詳しく、豊浦宮《とようらみや》の神には、無旦《むたん》王子を受け容れることで不安はないと説かれました。しかも、かしこねの海の海賊対策については、地元の若衆による「ひな守船団」が、定期的に巡行しておりますれば、ご安心ください。」

 「そうか。ならば豊玉之男君《とよたまのおのきみ》は、高天原に無旦《むたん》王子を迎えても問題はないと申すのだな。」

 「いえ、問題がないとは言い切れません。わざわざ、われが、無旦《むたん》王子を高天原《たかまがはら》までお連れ申しましたのには、理由《わけ》が御座います。ひとつには、新手の海賊が出てきております。大陸の戦禍が厳しくなるにつれて、様々な部族の海賊が増えております。今のところ、大陸と秋津洲の間の海は、ほとんどは大陸沿岸に棲む倭人が、海路を操《あやつ》っております。倭人なしには、この地域の海は航海が難しいのです。だが、海賊が増えるにつれて、独自に航海術を身に着けた海賊船団も生まれております。大概は、夜の航海が出来ませんので、海の沖合深くに誘い込めば、それ以上、追ってくることはありません。ところが、近ごろは、沿岸部で財力をつけた陸の将軍が、船を奪い、星読《ほしよみ》の航海士を脅して、東海の深いところまで追ってくるのです。これらの海賊船が、時折、かしこねの海に現れるようになっております。出来れば、無旦《むたん》王子は、奴らの眼の届かない所に移した方がよいと思っております。」                                                                  つづく

 

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