「なるほど、大海原《おおわたはら》の厳しさは、想像以上であるな。外にも理由があるのか。」
 「もう一つは、米《こめ》であります。」
 「米《こめ》とは、稲《いね》のことであるのか。それがどうしたのだ。」
 「海路による米《こめ》の輸送が、倭人の間で急速に増えております。大陸では兵糧米として、近ごろ特に重宝されているようであります。倭人に協力するために、米を栽培したらどうかと考えております。まとまった米を提供できれば、多くの人の命を救うことができます。それに、秋津洲の新しい宇迦《うか》(食料)ともなりましょうし、お金にもなりましょうぞ。」

 金拆神《かねさくのかみ》の目は、一瞬にして怒りの光線となって豊玉之男を睨みつけた。

 「豊玉之男《とよたまのお》よ、先ほどは、大陸の戦争には加わらないと、申したではないか。その舌の乾かぬうちに、今度は兵糧米で、財を成すとは、いささか、筋が通らぬのではないか。」

 金拆神《かねさくかみ》は、激しい口調で、豊玉之男《とよたまのお》を叱責した。

 「めっそうもございません。戦争に加担するなどとは、これっぽっちも考えてはおりません。それどころか、海賊船が増える度に、帰るところのない難民は増えるばかりであります。既に、そうした難民が松浦の腰岳には、かなり身を寄せております。奴らは、つれ戻されると、再び、奴隷になるので、必死で逃れてくるのであります。しかも、黒曜石の採掘現場では必要な労力となりますが、ほかの地域では目立ちすぎるのです。松浦の鹿姫《しかひめ》は、そのような難民を集めて、大地を開拓し稲の栽培を始めました。自分たちの食《く》い扶持《ぶち》は自分で賄えということです。松浦川《まつらがわ》の流域には、そのような開拓地が幾つか作らられております。」

 「だが、倭人が米を集めていると言うのは、兵糧米ではなかったのか。」

 「確かに、彼らの多くは商人(あきんど)で在りますから、その様なこともありましょう。だが、長江や淮河流域では、戦争する度に米がなくなり、人々は飢えに苦しんでおります。加えて、昨年は、冷夏が続き、大凶作でありましたので、人々は路頭に迷い、餓死《がし》する者はあとを絶ちません。戦死者も増えておりますが、餓死者《がししゃ》はその数倍にも及んでいます。兵糧米も足りませんが、もともと、人々の口にはいる宇迦《うか》(食料)が足りないのであります。」

 それでも金拆神《かねさくかみ》の怒りは、収まる様子がない。

 「ならば、秋津洲で米を作って、なれは、如何いたすのだ。華夏《かか》の民のために、米を送るとでも申すのか。」

 豊玉之男《とよたまのお》は、金拆神のあまりの物の言いように、感情が露わに出てしまった。日頃から、倭人の出入りの多い大海原では、当たり前のことであっても、高天原では通じないのかと、苦々しさを堪え切れないのであった。
 傍で聞いていた阿津耳之命《あつみみのみこと》は、豊玉之男《とよたまのお》の溢れ出る熱情を抑えようと思ったが、間に合わなかった。                        つづく

興味のある方は⇒⇒⇒カクヨム 秋津廣行「倭人王 豊玉之男69話」