「水鳥《みとり》と言ったな、そのような話、何処で仕入れてきたのか。われは、初めて聞くことばかりであるぞ。昆迩《こんじ》や昆水《こんすい》の耳にも、すでに入っていることであるのか。」

 「もちろんでございます。」

 「ならば、八潮男之神《やしおおのかみ》もご存知であるか。」

 「もちろんでございます。」

 「高天原《たかまがはら》の若木神《わかきかみ》も金拆神《かねさくのかみ》もか。」


 「ご存知のはずでありますが、もし、まだでありまするなら、豊玉之男君《とよたまのおのきみ》の御許しを得て、松浦之津守《まつらのつもり》殿が奏上されましょう。」

 豊玉之男《とよたまのお》は、背中に冷や水を浴びた思いであった。越の第三王子、無騶《むすう》のことは、聞き及んでいたが、まさか、その王子が南海の海賊王《かぞくおう》となり、戦時物資の仲介をなす闇の王であったとは、想像を遥かに越えた激震であった。

 ― 父、八潮男之神《やしおおのかみ》は、そのことを知りながら、無旦《むたん》王子を高天原《たかまがはら》に委ねようとされたのか。しかも、そんな大切なことをわれに一言も話さずに高天原に送り出されたのであるか。

 豊玉之男《とよたまのお》は、突然の孤独に襲われた。

 ― なぜ、このような大切なことを、誰もわれに教えてくれなかったのであろうか。

 無旦《むたん》王子の事は、いずれ自分で決めなければならないとは思っていたが、秋津洲《あきつしま》の行く末にも、重大な影響をもたらすであろうことである。その決め手となる情報を、王子の自分が、なぜにこれほどまでに知らなかったのであろうかと、今更に肩を落とすのであった。もしかして、臨淄留学《りんしりゅうがく》の豊玉之男《とよたまのお》には、あらゆる情報が周知のこととして、誰も声をかけなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、松浦からやってきた鹿姫の使者は、豊玉之男にとって、ひと回り大きな人物に脱皮させようとする衝撃を与えた。             つづく

 

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