「華夏《かか》において、沿岸の領土を治める楚《そ》と斉《せい》は、一、二を争う大国で御座います。越の無旦《むたん》王子を受け容れることは、その大国を敵に回すことと同じでありましょう。越国《えつこく》とは、いにしえより秋津洲《あきつしま》の盟友でありましたこと、よくよく、承知の上でございます。越王室《えつおうしつ》の無念な気持ちは、もっともでありましょう。だが、このような時に、華夏戦国《かかせんごく》の雄に反旗を翻すことは、秋津洲《あきつしま》の命運を懸けての戦いになることを覚悟せざるを得ません。」


阿津耳は、慎重に言葉を選んで話したのだが、豊玉之男には通じなかった。


 「阿津耳之命《あつみみのみこと》よ、すでに、楚《そ》や斉《せい》での戦いの余波は、秋津洲《あきつしま》の沿岸を脅かしておりますぞ。豊浦宮《とようらみや》では、なんとかして、かしこみの海で防戦をなしておりますが、このままの状態がいつまで続くと思われますのか。」

 「ならば、君には、どのような手立てがあるとお考えでありましょうぞ。お聞かせください。」

 阿津耳《あつみみ》は、いつものように、いきなり真正面から問い正した。豊玉之男《とよたまのお》は、それと知って、逆に、質問で返した。

 「華夏《かか》の戦国七王は、何のために戦っているのでありましょう。」

 すると、阿津耳《あつみみ》は、もちろん、真面目に応えるのである。

 「まずは、自国の領土と民を守るためでありましょう。周天子の安堵がなくなった今、自らの領土と民は自らで守らねばなりません。」

 豊玉之男《とよたまのお》は、相手の土俵で、話で進めようとして、耳を傾けた。すると阿津耳は、案の定、自分の知り得ている情報を話し始めたのであった。

 「臨淄《りんし》での話では、すでに、戦いは、各国ともに相当な消耗戦《しょうもうせん》となっているようです。趙《ちょう》の武霊王《ぶれいおう》なきあとは、秦王嬴稷《しんおうえいしょく》と斉王田地《せいおうでんち》の二極態勢になるのではと専らの噂であります。しかも、武霊王《ぶれいおう》はわが子に取り巻かれ、籠城《ろうじょう》の末に飢え死にされたというではないですか。」

 「さすがは阿津耳之命《あつみみのみこと》殿で御座います。そのような話をどこでお聞きになりましたのか。」

 豊玉之男は若輩なれど、話しの機微を心得ている。教えを請うかのように阿津耳を持ち上げると、阿津耳はさらに詳しく話し出した。


 「君も、豊浦宮《とようらみや》の跡継《あとつ》ぎなれば、秋津洲の北周り船のことはご存知でありましょう。大潟湊《おかのみなと》に津島《つしま》ふたつ島や知佳島《ちかしま》から運ばれた品物は、穴戸《あなど》の瀬戸を渡って瀬戸海《せとのうみ》に運ばれるか、北周り船に乗って出雲《いつも》、隠岐《おき》の島《しま》、能登《のと》、高志《こし》に運ばれます。高志《こし》までくれば、当然、科野川《しなのがわ》を上って高天原《たかまがはら》にやってまいります。湊々で水主衆《かこしゅう》に語られる話は、語り継がれてこの地にやってくるのです。元ネタは、大潟湊《おかのみなと》に出入している外航船辺りであろうと思います。」

 豊玉之男《とよたまのお》は、高天原にも大陸の情報通がいることを知って、ホッとしたが、即座に、これに応えた。

 「なるほど、それにしても趙《ちょう》の武霊王《ぶれいおう》は、華夏《かか》の覇王《はおう》と称えられた時期もありましたが、子が父王を飢え死にさせるとは、あめつちに生きる者のなすことではありますまい。大陸では、各地で想像を絶する戦いが行なわれているのでありましょう。」                 つづく

興味のある方は⇒⇒⇒カクヨム 秋津廣行「倭人王 豊玉之男64話」