なかなか更新も出来ないままであるにもかかわらず、ぺたぺたして下さる方、ご訪問いただけるみなさまありがとうございます。

仕事の関係で意識がなかなかブログに向かわず、皆さんの書かれる記事に励まされたり、癒されたりの毎日です。ありがとうございます。

またぼちぼちの更新になって行きますが、よろしくお願いいたします。

モチモ


自分の拙い言葉では今日について語ることはできません。

昨年の立教新座中学・高校校長の渡辺憲司さんの


『 18歳の君たちに贈る言葉 』を転記します。




====================

18歳の君たちへ 東北の海を感じに行こう

渡辺憲司・立教新座高校校長=埼玉県新座市



 海を感じなさい。五感を震わせて海を感じなさい。その目で波頭を見て、その鼻で潮の匂いをかぎ、肌で東北の海の冷たさを感じなさい。自然を体感しなさい。科学の進歩の意味を、海や自然が教えてくれるだろう。


 新聞やテレビで分かった気になってはいけない。今からでも遅くない。震災から1年たった東北を訪ねなさい。今は静かな海、人の絶えた街、うずたかく積もったがれき、動物の死骸。すべて見てきなさい。


 君が大人になった時、後の世代から必ず問われるだろう。「あのころ、どうしていたの」と。関係なく生きていたよと、君は答えるだろうか。 2012年3月の東北の海で感じたこと、考えたことを自身の生き方に反映させなさい。次の世代へ、次の次の世代へと語り継いでいきなさい。これは君たちの 義務なのだ。


 人に会いなさい。会って話を聞きなさい。いろんな人が、いろんな考えを持っていることを知りなさい。それが社会を幸せにすることだと知りなさい。


 究極の人間らしさとは何か。他人へのやさしさだと、私は考えている。やさしさの語源は「痩せる」である。他人のために自分の身を細らせるという意味を含んでいる。


 いろんな人と会い、身が細るほど相手の身になって物事を考えられる。他人と不幸を分かち合える。そんな人間になりなさい。戦後はみんなが貧し かった。今、悲劇は一部に集中している。だから分かち合うことが必要なのだ。弱っている人にやさしくなりなさい。それが人と会うことの意味なのだ。


 理想を掲げなさい。老人には描けない、何十年先の理想を掲げなさい。理想を実現するために何をすべきか考えなさい。


 敗戦から1年後。日本国憲法が発布された。日本が掲げたのは、戦争放棄という新しい理想だった。戦争から帰ってきた、あるいは戦争へ行くはずだった若者たちが、その理想に夢を託した。戦後日本の繁栄は、彼らがつくったのだ。


 震災から1年が過ぎようとしている。今、君が夢を託せる理想があるか。震災後の日本をつくる理想を描けたか。私たち老人も考えよう。君たちも考えなさい。自身に問いかけなさい。


 今、海を感じなさい。人と会いなさい。新しい理想が、理想の社会が、きっと見えるはずだ。描けるはずだ。


(『朝日新聞』2012年3月6日朝刊に掲載)





まだまだ寒い日が続く昨今
それでも冬になりたての頃の寒さとは違う。

空気がほんのりと水分を含んでいて、きちんと春の香りがする。
立春の頃くらいからそれを感じるのだけれど、寒いとこもりがちで春を感じに行く散歩すらまだおっくう。

〝匂い〟なのだけれど、微かな独特の春の香り。
それを敏感に察知するのは草木ではないかと思う。

今年は梅が遅い。
まだ梅の香りを間近で感じていない。

それでも蕾をあちらこちらで見かけるようになった。

3月だけれど、この三寒四温の頃が寒いのだ。
そしてこの3月という1ヶ月間で、めまぐるしく春への移行がなされる。

その目に見えないエネルギーはとてもつよく、人も翻弄されがち。

しばらく一人になる時間をもらった。
いろんなことを教わりながら勉強しながらきたけれど、一度自分の立ち位置に戻ってみたかった。
学んだものをもとに、そこからの見え方、感じ方がやはりしっくりくる。

そして大きくすべてが変わる春に向けて、今一度自分を確認しています。
できていなかったことをひとつひとつこなして、確実に前に進んでいこう。