うえまつーしん電子版  より

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もう限界、商店街
2010年11月01日(月) テーマ:ブログ

 また一店、駅前商店街のとある老舗が店仕舞いしました。残念です。寂しいです。

 

 まちの構造がもはや郊外中心に移ってしまった以上、仕方のないことであると片付けてしまえる程、陳腐な問題ではないはずです。

 新しいお店を出してもらおうと組合さん方も知恵を絞っていらっしゃいます。市の補助もあり、何店舗か開業に漕ぎつけています。

 しかし、そうはいっても店主の平均年齢が71歳であることを考えると、気持ちが暗澹としてくるのも事実です。

 そんな中、空き店舗のシャッターに取り外し自在のマグネット式絵画作品を貼り付けギャラリーに見立てたり、松阪もめんで織った着物を3分間で着付けられるよう工夫し、訪問者にレンタルしてはどうかなど、様々なアイデアをお持ちの店主さんもいらっしゃいます。

 行政はそれらを実現させるために最大限協力しなければならないし、議会も多くのアイデアの具現化に対して後押ししなければなりません。

 これ以上、松阪の大切な財産でもあるお店を無にするわけにはいきません。

 松阪は駅前だけではない、経済的に発展させなければならない地域は他にもたくさんあるのだ、という意見も尤もですが、例えば観光客の玄関口として寂れたままでおもてなしをすることの口惜しさは私自身、我慢できるものではありません。

 Remember 賑わい!

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植松センパイ、ちょうど私の1つ上のバスケの先輩で、高校・中学と一緒やったんやわ。カッコ良かったよ☆

昔から人に分かりやすい言葉で、まっとうなこと言われる人だと思っています。

今年の夏、議員さんになられて、若手が当選し始めて、
ずっとずっと変わらへんかった松阪が動き始めている。

若手市長さんが当選したりして、ちょっとずつ動いてるんやに。

松阪を離れて随分経つなぁ。。

生きてきた半分は松阪の外ですごしてきた。
そしてこれからは、松阪で生きた時間よりも、関東の人になっていくわ。

それはかまへんよ。

でもな、お正月帰省するとさ、駅前のシャッターがほとんど下りてて、さびれてる。

昔懐かしい駅前の、人がたくさん歩いていた細い通り、日野町通り、中町通り、和田金さんの前だって、
見違えるほど道路広く歩道も立派になったよ。

でも、店はどんどんしまっていく。

身近にあった三交百貨店、オークワ、ベルタウン、ダイカイっていう、
うちらが育ってきた懐かしい環境がどんどん近代化されて、形骸化されて、
一方で人もにぎわいも喜びもどっかいってしもたわ。。

もちろん、私は年末年始、ちょこっと帰るくらいやよ。
でも、毎年帰るたびに、
「○○くんとこは、名古屋に行ったわ」
「○○ちゃんちのご両親は、娘さんの所に行く言うて名古屋に行ったわ」
何回も聞いてきた。

父はよく言うとったよ。
「商売人の時代は終わった」って。
今は買い物って言うと、明和のショッピングセンターにまで行くんやで。

昔は考えられへんかったわ。。。
明和の子たちが、「今日は松阪寄ってこか!(松阪駅周辺で遊んでいこうか!)」といって、帰っていたんだよ。
明和は本当にのどかな田園風景の広がる地域だったのにね。

うちの父が通った幸小学校や殿町中学校。
私も同じように通って、ふらりと立ち寄ると、変わってへんなぁって思うこともある。

松阪高校だって同じ。

でも植松センパイのブログ見てると、松阪はほんまに悲鳴上げてるらしいよ。

東京にいるとさ、ある意味ものすごく活気があるのね。
空間には電波が飛び交って、情報はすぐ手の届くもの・実現するものとしてその場所に行けるし手に届くし、
目まぐるしく1日が過ぎていく。

もちろん東京だから、人身事故も多いよ。。。

賑やかさと華やかさと疲弊と混乱の街。
その中で、自然に生きたい、自分らしく生きたい、って思う人たちがいろんな形で出てきているよ。

今の時代、普通に働くことや、就職自体が難しくなってる。
だから〝ものづくり〟っていう、職人さんとは違う作家さんたちの活躍がすごく活気づいてきているのね。

自分がしたかったこと、こういうものを作って提供したい。
だから今は、宣言したもの勝ち、って、友だちの作家さんのタマゴちゃんが言ってた。

「私は本づくり作家です」
「私はジュエリーデザイナーです」

公的な資格なんてある意味いらない、自分はこうなんですよ、って言ってしまえば、そこから始まる。

ある女の子は、パンやクッキーを焼いて、自転車で売って歩いている。
自分の家で自分が作りたい本当においしいパンを作って、
ちょっとお金持ちの人たちが住んでいる辺りとかに自転車で売りに出かけるんだって。

お店を出すほどのお金や準備があるわけじゃない、でも自分でできることから納得できるかたちでやってる。
いい素材を使っているから、その辺のパン屋さんよりは高いよ。
でも、すごくおいしいから、本当においしいもの、体に優しくていいものを食べたいというひとは、
やっぱり買うんだって。そのこと自体が、嬉しくて楽しくて仕方ないらしいの。

それとか、普通、『職人さん』って言うたら、修業積んで何年かしたら、
お師匠さんにご恩返しで働いて、認めてもらえるまでものすごく時間がかかるらしい。
そういう事せずにすぐ出てきたらしい恩知らずの友人もいたわ(笑)
年功序列のデビューみたいなところがあるらしいけれど、今の若い子は、そんなに待てないし、思考も自由。

だから、弟子入りするほどでなくても、いろんな教室があるからそこで学ぶ。

やり方さえ分かったら、あとはもう自分のやり方で、自分の方法でどんどん作って、
どんどんネットやイベントに参加して、売って行く。

今の時代、モノが氾濫してるでしょ?
すぐ壊れたり、使い捨てになるような、その時点を埋め合わせるようなもの。とりあえずのもの。

だからそういうのに辟易してる人は、やっぱり手作りの良さとか、一つしかないものというので、
すごく興味を持っているのね。

11月に益子で陶器市があるけれど、以前の日記でも紹介したけれど、
それはもういろんな人が混じりながら、いろんなものを売ってるんよ。

おばちゃんたちは、自分ちで煮たお得意のお惣菜を売ったり、
もちろん焼き物の町だから、めちゃめちゃ高級なものから、ちょっぴり難ありだけれど日本製で安心して使える陶器とか。

そこには、草木染めのお兄さんや、革職人さんの人たち、手作りアクセサリーのお店や、いろんなグリーンを売ったり、非常にレトロな骨董品がガラクタまで混ざって店内いっぱいに展示されてて、すごくモダンなものかとおもえば、これぼったくりっちゃう?みたいなものまで(笑)

それこそもう、木を拾ってきていろんな笛を作ったり、こんなものも売るんだ~みたいなところもあるのね。

お匙ばっかり作ってらっしゃる「匙や」さんとか。
すごい有名なんだよ。
「初めて匙」プレゼントしてもらったけれど、もう独特ですごく素敵なんですよ。
もうファンの人は、本当に好きみたい。

あと、それらの作家さんは、作品をつくるにあたってのその人の生きざまとか人柄とか、そういうものがいろんなところに出て、そういうのも通じて、ずっとファンの人が増えていってるというか、そういうかんじなんですね

靴のオーダーにしても、絶対こんな縫い目は手作りじゃないと出ないよね、でも、めちゃめちゃ素敵だよねって。そういうのがいっぱいあるのね。

エンリーベグリンのブランドだって、みたらわかるよ。
手作りっぽくて、縫い目が微妙なバランスで直線から外れ、でもまたそれがすごい人気なんです。ポーチ1つ5万6万~するんだよ、でももう本当に人気モノで、かわいい!って女の子たち喜んで買うんだよ。

私も松阪いるときは、松阪木綿なんて、小学校の社会の時間に習っただけで、子供には地味でかわいくもなく、興味も何もなかったけれど、作家さんのタマゴちゃんに松阪木綿の話をすると、やっぱりすごく興味持ってくれるのね。

ジャパンブルーと言われた藍染め。
藍は殺菌消毒効果があるし、染めた繊維を丈夫にするし、本当に当時の庶民の奥さんは、藍染め一つでも刺繍したりいろんな濃度に染めたり、本当に工夫しててすごくきれいね。

3日に浅草にある『藍きもの ~うつくしいはたらき着』   を見に行きます。
本当にいいものって、語り継がれていくし、愛着もわくよね。



話戻すけれど、駅前を歩いてるのはご年配の方がほとんどとか、父がよく言います。
友人のご母堂方も、同じようなこと言うて貼るってよく聞きます。
昔の賑わいを知っているから、よけいそういう表現使うんやろうな。
なんかちょっと悲しくて寂しいよ。

松阪にいたら見えなくても、外から見れば、こんなに価値があるし、きっとできるっていう何かが伝えられるんじゃないかな。。

そんな気がしてきた。

駅前商店街は、好きやったなぁ^^
スーパーや大型店とは全く違う空気があって、
賑やかさの中にもゆったりした時間が流れてたよね。

あとね、これは作家さんのタマゴちゃんが話してくれて、すごく感動したことなんだけれど、私はそうだと思ったの。

世の中を変えていくのは、政治でも宗教でもない。
一人ひとりの価値観が、本当にいいものを見つけたら、必ず口コミで広がり、揺るがない力となって変えていくって。それはもの一つを選ぶ価値観にしてもそうだし、自分を取り巻くものひとつひとつが、本当に自分にとって居心地のいいものなら、それだけで違ってくると思うんだ。

だからよく、モノづくりは人づくり、という感じで、作家さん達の活動が強く支援されているのだと思うんですね。

なんかできへんかなぁ、なんかできへんかなぁ。。。
この夏はバテバテで、体調のすぐれない時が多かった。

やっと涼しくなったものの、急に肌寒くなって色々気をつけている。

久しぶりに両親と電話で話す。

「なに、体調崩しとったん?モイモちゃんから聞いたに~」

と言われ

「暑かったからちょっと調子悪かっただけ。もう涼しくなったから大丈夫やよ」

と明るく答える私。

同じように、「お母さんは調子どうなん?」って聞くと、必ず

「ばっちり☆ばっちり☆元気やよ!」

と返ってくる。

疲れていても、体調が悪くても、そんなこと親には言えないな。
嘘をついて、明るい声で元気であることを話す。

心配させたくないし、悲しませたくないから。


毎回、こんなやりとりがあるたびに、

きっとお母さんも嘘ついてるんやろな――きっと仕事で疲れてたり、体の調子も無理してるところもあるんやろうな――って思う。

心配するあまり、本当のことを言ってもらえなくて、そしてこちらも言えなくて、
優しい嘘に、ときどき悲しい気持ちになる。




少し前に、雷を伴った激しい雨が降った日は、なぜかとても心が楽になって涙が出た。
その時は久しぶりの雨であり、激しい雷であった。

多いなる力への畏敬の念と、まだ〝それ〟が存在するものとして――いえ、不変にあるものなのですが、私はよく見えなくなりますので――安堵に包まれた日でもあった。

夜も激しくく続く雷雨は、心の中まで一掃してくれるようで、窓を細く開けながら雨音を聞き、稲妻の眩しさを見つめていたものだ。

今日。
また雨が降った。
連休明けの仕事は体がつらい。
1日のわずかな休息をほとんど寝て過ごす。


肌寒くずっと降る雨は、憂鬱さを感じた。
心が重い。
ひどく体が疲れているせいもあるだろう。

ときどき想いを馳せる未来――なにがあるのだろう。

少し用事があって、昼くらいにでかけた。
雨の中を歩くのも、今日は楽しくない。

そんな気持ちで歩きながらも学校の傍を通ると、
かすかに漂う金木星の香りを確かに感じた。

またこの季節がめぐってきたのだ。

あの人の誕生日がやってくる。
あと、何度一緒に過ごせるだろう。
できるだけ、できるだけ長く生きてほしい。

そしてお世話になった方が逝かれた季節でもある。

心地よい香りは、少し悲しい想いを喚起させる。