11月、浅草の「BORO」の展示を見てきました。すごく感動しました。
ようするに、昔の東北は、本当に貧しかったわけです。
着るものも、何世代と引き継がれ、何度も何度も当て布をして、着まわしてきた。
当て布をして、当て布をして、もう布がボロボロになって、
着物がボロボロになって、まるで溶けているようで・・・
そうしたボロ着は、更に細かく細く切られ、それでまた布を織る。
丹前(タンゼン)って松阪の方では、地域柄ほとんど聞かなかった言葉だと思うけれど、着物型の布団というか、部屋で暖を取るための着るものがあります。
岩手生まれの私の友人は、小さい頃、家でお昼寝をしながらお留守番をする際は、丹前(タンゼン)で寝て親御さんを待ったというのです。
当時、寝るときは布団じゃないんですよ。
貧しい家では、布団なんてない時代。
今以上に、温暖化していない寒い季節の寒い地方、暖房設備も整っていない時代に。
モノを大切にする気持ち、それはもう今の時代とはケタが違うわけです。
今でこそ高級な扱いを受けてリネンとか呼ばれている麻ですが、貧しい人はごわごわの麻(時間的にも地域的にも、まだ綿の栽培に至らなかった)を織って、それで着物を作るんです。そして布が丈夫になるため、殺菌作用があり虫よけになるため藍で染める。
更に丈夫にするために、私たちの想像を絶する針仕事を、婦女子は家族のためにと、昼間に農作業で疲れた体を押して、夜中できる限りまで針仕事です。
女の子は子供の頃から、針を持ち、お嫁さんに行く際に持って行く着物3着を作り始めたそうです。
趣味とかのレベルではないんですよ。
男の子はしょっちゅう服を破くし、女の子の着ものでも、繰り返し使用されている着ものだから破れる。必然です。
そして少しでも丈夫にするために何枚も布を当て、穴があくと布を継ぎ足す。
また突然、女性の泣き声がどこからか聞こえてくることがあり、それは針を折ったからだ、というエピソードがいろんなところにあったそうです。
商人が来るのは、冬が中心。農作物の世話をするため、家を出っぱらっている農家にきても意味がないので、冬行商に来る商人さん達。
糸は自分たちで作れますが、針だけはどうにもならない。
布を切ることは肉を切ることだ、といたずらに布にはさみを入れた男の子はおばあさんに叱られたそうです。
それほど布は大切であり、針は大切であったということです。
着ものも、2枚あればよい方。 着たきりすずめの子供は勿論、そのような人がたくさんいた。
話を戻しましょう。
丹前の中で、親子が裸で抱き合って寝るんです。もちろん、夫婦でもそう。
冬はシラミひどいから。それ以上に、人肌が温かいから。
父親の丹前の中に一人の子供だけじゃない、二人も三人も一緒に寝るんです。
同じように母親の丹前の中にも 子供が二人、三人と一緒に寝るんです。
だから、言葉を超えて心がつながっていた。
モノがない。
昼に喧嘩をしても、布団に入ればその暖かさに心が通う。家族のもめ事がない。
当時を経験されているおばあちゃんは、ボロボロの布を大切に大切にとってあって、必要があればご近所に分け、家族の継ぎを当て、とされて、それはもうご近所さんたちに喜ばれたそうです。
布団ですが、当時はそんな贅沢なものはありませんから、藁などを2畳分くらいのスペースに敷いて、その上に今でいうシーツになるボロを継ぎあてた布をかぶせて敷布団にし、その上にまたぼろを重ねた丹前を被って、ぎゅうぎゅうで寝るんです。
そのシーツにもなるボロは、赤ん坊を産む時に下に敷く布にも使われたそうです。
そしてその先祖から受け継がれてきた布には力が宿り、生まれてくる赤子が護られるように、とそういう願いも込められる。
人の絆――それこそもう何代も何代も受け継がれてきた1つのつぎはぎだらけの布には、いろんな人の想い、家族の想いが込められた、ものすごい布文化を作り上げてきたわけです。
拙い表現で申し訳ないのですが。ボロの布文化に秘められたものすごい想い。
そのことと、江戸時代の庶民の文化。
それらを見た外国の人はこういうのです。
「日本人が長旅を準備するには、5分もあれば十分である。なぜなら彼らには必需品問うものが少ないからだ。束縛されず、家具もなく、最小限の衣類で生きられるという彼らの才能は、日々が戦いである人生において、この国民の優位性を見事に表している
ラフカディオ・ハーン 『心』」
長屋に身を寄せ合い、モノがなかった時代です。違った意味でのつらさはあったはずです。
ある人は、アンティークが大好きで、集めていたそうです。
でもその集め出した頃の商品は、アンティーク風であって、アンティークではなかった。
だからすぐに飽きて捨てたのだと。
なぜアンティークに惹かれたかというと、モノに注がれた愛情が伝わってくるから、でもアンティーク風のものは、その辺に大量生産されたものとまったく変わらなかったからだ、と。
なんか納得です。
だからと言って私自身、アンティークが好きというわけではありませんが、モノには心が宿ります。
黒澤明さんご自身も、古いものほど良い文化、良い物として作られているから大切にしなさい、というようなことをおっしゃっていたそうです。
モノを減らすこと、今のご時世、「スペースクリアリング」という言葉をよく聞くようになってきました。いらないものを持たない、シンプルに生きる。
そうすると、いろんなことで現象が動き、いろんなことが見えてくる。これは私も同感で、できるだけモノを持たないよう、いつも意識しています。
空間に極力モノがない方が、すごく楽になるそうです。
見た目の話ではなくて、体も心もです。
私はそれは真実だと思っています。
そうしたら自分に必要なモノ、人、環境、を一つ一つ吟味しながら選択していくと、もう生き方が変わってくるそうです。うん、そうなんだよね。
空間を綺麗に、物を少なく、それだけで沢山のことが変わってくるはずです。
「年末の大掃除」なんて今はあまり聞かなくなったように思いますが、大掃除にちなんで、BORO、スペースクリアリングのお話し。
そして清浄な空間で新しい年を迎える準備を始めたいですね。
ようするに、昔の東北は、本当に貧しかったわけです。
着るものも、何世代と引き継がれ、何度も何度も当て布をして、着まわしてきた。
当て布をして、当て布をして、もう布がボロボロになって、
着物がボロボロになって、まるで溶けているようで・・・
そうしたボロ着は、更に細かく細く切られ、それでまた布を織る。
丹前(タンゼン)って松阪の方では、地域柄ほとんど聞かなかった言葉だと思うけれど、着物型の布団というか、部屋で暖を取るための着るものがあります。
岩手生まれの私の友人は、小さい頃、家でお昼寝をしながらお留守番をする際は、丹前(タンゼン)で寝て親御さんを待ったというのです。
当時、寝るときは布団じゃないんですよ。
貧しい家では、布団なんてない時代。
今以上に、温暖化していない寒い季節の寒い地方、暖房設備も整っていない時代に。
モノを大切にする気持ち、それはもう今の時代とはケタが違うわけです。
今でこそ高級な扱いを受けてリネンとか呼ばれている麻ですが、貧しい人はごわごわの麻(時間的にも地域的にも、まだ綿の栽培に至らなかった)を織って、それで着物を作るんです。そして布が丈夫になるため、殺菌作用があり虫よけになるため藍で染める。
更に丈夫にするために、私たちの想像を絶する針仕事を、婦女子は家族のためにと、昼間に農作業で疲れた体を押して、夜中できる限りまで針仕事です。
女の子は子供の頃から、針を持ち、お嫁さんに行く際に持って行く着物3着を作り始めたそうです。
趣味とかのレベルではないんですよ。
男の子はしょっちゅう服を破くし、女の子の着ものでも、繰り返し使用されている着ものだから破れる。必然です。
そして少しでも丈夫にするために何枚も布を当て、穴があくと布を継ぎ足す。
また突然、女性の泣き声がどこからか聞こえてくることがあり、それは針を折ったからだ、というエピソードがいろんなところにあったそうです。
商人が来るのは、冬が中心。農作物の世話をするため、家を出っぱらっている農家にきても意味がないので、冬行商に来る商人さん達。
糸は自分たちで作れますが、針だけはどうにもならない。
布を切ることは肉を切ることだ、といたずらに布にはさみを入れた男の子はおばあさんに叱られたそうです。
それほど布は大切であり、針は大切であったということです。
着ものも、2枚あればよい方。 着たきりすずめの子供は勿論、そのような人がたくさんいた。
話を戻しましょう。
丹前の中で、親子が裸で抱き合って寝るんです。もちろん、夫婦でもそう。
冬はシラミひどいから。それ以上に、人肌が温かいから。
父親の丹前の中に一人の子供だけじゃない、二人も三人も一緒に寝るんです。
同じように母親の丹前の中にも 子供が二人、三人と一緒に寝るんです。
だから、言葉を超えて心がつながっていた。
モノがない。
昼に喧嘩をしても、布団に入ればその暖かさに心が通う。家族のもめ事がない。
当時を経験されているおばあちゃんは、ボロボロの布を大切に大切にとってあって、必要があればご近所に分け、家族の継ぎを当て、とされて、それはもうご近所さんたちに喜ばれたそうです。
布団ですが、当時はそんな贅沢なものはありませんから、藁などを2畳分くらいのスペースに敷いて、その上に今でいうシーツになるボロを継ぎあてた布をかぶせて敷布団にし、その上にまたぼろを重ねた丹前を被って、ぎゅうぎゅうで寝るんです。
そのシーツにもなるボロは、赤ん坊を産む時に下に敷く布にも使われたそうです。
そしてその先祖から受け継がれてきた布には力が宿り、生まれてくる赤子が護られるように、とそういう願いも込められる。
人の絆――それこそもう何代も何代も受け継がれてきた1つのつぎはぎだらけの布には、いろんな人の想い、家族の想いが込められた、ものすごい布文化を作り上げてきたわけです。
拙い表現で申し訳ないのですが。ボロの布文化に秘められたものすごい想い。
そのことと、江戸時代の庶民の文化。
それらを見た外国の人はこういうのです。
「日本人が長旅を準備するには、5分もあれば十分である。なぜなら彼らには必需品問うものが少ないからだ。束縛されず、家具もなく、最小限の衣類で生きられるという彼らの才能は、日々が戦いである人生において、この国民の優位性を見事に表している
ラフカディオ・ハーン 『心』」
長屋に身を寄せ合い、モノがなかった時代です。違った意味でのつらさはあったはずです。
ある人は、アンティークが大好きで、集めていたそうです。
でもその集め出した頃の商品は、アンティーク風であって、アンティークではなかった。
だからすぐに飽きて捨てたのだと。
なぜアンティークに惹かれたかというと、モノに注がれた愛情が伝わってくるから、でもアンティーク風のものは、その辺に大量生産されたものとまったく変わらなかったからだ、と。
なんか納得です。
だからと言って私自身、アンティークが好きというわけではありませんが、モノには心が宿ります。
黒澤明さんご自身も、古いものほど良い文化、良い物として作られているから大切にしなさい、というようなことをおっしゃっていたそうです。
モノを減らすこと、今のご時世、「スペースクリアリング」という言葉をよく聞くようになってきました。いらないものを持たない、シンプルに生きる。
そうすると、いろんなことで現象が動き、いろんなことが見えてくる。これは私も同感で、できるだけモノを持たないよう、いつも意識しています。
空間に極力モノがない方が、すごく楽になるそうです。
見た目の話ではなくて、体も心もです。
私はそれは真実だと思っています。
そうしたら自分に必要なモノ、人、環境、を一つ一つ吟味しながら選択していくと、もう生き方が変わってくるそうです。うん、そうなんだよね。
空間を綺麗に、物を少なく、それだけで沢山のことが変わってくるはずです。
「年末の大掃除」なんて今はあまり聞かなくなったように思いますが、大掃除にちなんで、BORO、スペースクリアリングのお話し。
そして清浄な空間で新しい年を迎える準備を始めたいですね。

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