毎年3.11になるとあの日のことを思い出します。
あの日、お腹の中にいた長男には、あの日のことを毎年伝えるようにしています。
今日も帰ってきたら伝えよう。
あの日、わたしは全前置胎盤と切迫早産で仙台の病院に入院してました。26週くらいのときかな。
入院したのが3.1。ようやく入院生活に慣れた11日、地震が起きました。
7階は揺れに揺れ、ベットが部屋の中央に集まりました。点滴のバッテリーもなくなり、手動に切り替わり、上の子を残して入院していたママさんは上の子が心配で泣いてました。
旦那と会えたのも2日後。
テレビも見れないので、津波が来たのを知ったのは翌朝。
自家発電が壊れたとかで暖房も効かず、毛布にくるまる。トイレも流せずみんなの用をためたまま。大きい方は新聞紙の上で。
数日後、沿岸部や被災が激しい病院から患者さんを受け入れるために、切迫の症状の軽い妊婦さんは服薬に切り替えて強制的に退院させられました。
わたしは前置胎盤もあったので、居残りになりましたが、あの状況で退院させられるのもかなり不安だった思います。
あの日からお腹の中にいた長男のことが心配で心配で。余震が起きるたびに無事に産まれてきてくれるのだろうかと、病院のベッドで泣きはらした日もありました。
そんな中無事に産まれてきてくれた長男。
昨日も喧嘩してしまったけど、あなたのことは奇跡の子だと思っています。
妊娠しづらいと言われながら妊娠できて、しかも全前置胎盤。子宮から落っこちそうだったあなたはなんとか子宮の崖っぷちでしがみついてくれました。切迫早産に大震災、低体重と困難をいくつも乗り越えてくれました。
そうか、だからこそこんなに頑固で自我が強い子なのね笑!
帰ってきたらちゃんと仲直りしよう!