おはようございます
入院していた母のことを書かせて頂こうと思います。
大腿骨の骨折で入院したのが7月中旬で、リハビリで10月末に退院となりました。
入院中は2週間に一度、面会に行きました。
会うたびに色が白くなり、少しほっそりとしていく母。
いつも外で作業をしていた母の手はいつも黒かったのですが、夏真っ盛りの頃の母の手は私より白い~
ずっと建物の中ですもんね、当然ですけど
わたしが手を握ると、なにこのわたしの手!白い!!!と、自分で驚いていました(笑)
朝夕に電話をすると、ちゃんと話すことができて、まあまあ元気でした。
病院では基本的にナースステーション?に数人が集まって見てもらっているような状態で、午前と午後にリハビリに行き、寝る時間にはそれぞれのベッドに戻るという生活だったようです。
だんだんぼんやりとしてきてましたが、病院の皆さんによくして頂いて、穏やかな毎日を過ごしていたのではないかなと思います
起きている間は塗り絵などさせてもらっていたようで、退院の荷物の中に何枚か塗り絵が入れてもらってありました。
これは上手~!
中にはすごい色合いのものもありましたが
時々、どきっとする事を言いました。
病院での生活が長くなってきたせいか、わたしはここに行きついたんやな、と言った事がありました。
頭の中でいろいろと考えて、することもなく、話しをしようにもできない方が多かったみたい。
これは言わなきゃ!と思っても少ししたら忘れてしまう。
ひとりでなんでもしていた母には病院生活はつらいこともたくさんあったと思います。
それでも、看護士さん達の顔をおぼえて、心も穏やかになっていたのではないかと思います。
電話で、わたし今晩ここに泊まらせてもろてええのやろか・・・という事がけっこう多くて、わたしが大丈夫やに、ちゃんと話してあるでな!と言ったりしていました。
電話の向こうで、看護士さん?が、大丈夫ですよー、今晩も泊まっていってくださいね~なんて言ってくれていて、私もホッとしました。
母の状態ですが、トイレなどは介助しないとひとりでは無理で、車椅子での移動が日常になります。
病院では昼間は介助してもらってトイレに行って、夜はオムツをしていました。
9月の終わり頃。
自宅で看ていくのは無理かなと思います、施設に入所という方向で、とケアマネさんに伝えました。
母にもそのことを伝えました。
これが一番つらかったです。
なんで?わたし、悲しいわ・・・と言う母。
でもそれも数分で忘れてしまうので、何度も何度も言わなくてはなりません。
だんなさんと何度も相談して、自分の決断は間違っていないと思っていますが、自分がとても冷たいひどい事をしている感じは今もずっとあります
決断した理由はいくつもあるのですが、習い事をしている教室に訪問看護師の仕事をされている方がいます。
その方に少しお話ししたんです。
病院と同じことができると思うなよ!と言いたい。・・・との事。
年齢的にも施設がいいんじゃないですか?との事。
いつもハッキリものを言う感じの方なのですが、これはかなり心に響きました。
うん、そうやなぁと強く思いました。
退院前に病院から電話がかかってきました。
肺の状態があまりよくないとの事でした。
入院時の数値と比べて悪くなってきているそうで、退院したら早めに内科に行って下さいとのことでした。
そして退院当日。
着替えて車椅子で登場の母!
お世話になった看護師の方が車まで来て母を乗せて下さいました。
長いことお世話になりました、いろいろと迷惑をかけてしまったと思います、なんて挨拶していると、いいと思いますよ~忘れたい事もありますし。わたしも年をとったらああなりたいですよ~と笑顔で言って下さいました。
これも心に残る言葉です。
母、笑顔だけど不安そうです。
途中で背の高いビルを見て、あっ!これ病院から見えとったやろか?と言うので、そうそう!見えとったと思うよ~なんて言いながら施設に向かいました。
津の私たちの家の前にも行きました。
降りることはできないので、玄関を開けて中を見えるようにして。
母の実家のお墓参り、自宅、母の実家を車の中から眺めてもらい、施設へ。
施設に到着する直前にも今日からここで過ごすんやに~と言うと、なんでなん、わたし悲しいわと言いました。
あちこち連れていってもろてもうれしないわ、だって
でもなぁ、その通りですよね。
施設に到着すると、お出迎えして頂いたケアマネさんやスタッフの方に母、笑顔になりました
顔をおぼえているんですね~
施設はこの時点で決まっていませんでした。
ロングショートステイの制度を利用して、施設が空くのを待ちます。
数日かもしれないし、数年かもしれないとの事です。
できればデイサービスやショートステイでお世話になったこの施設に入所できたらなぁと思っています。
そうそう、母は要介護5となりました。
多分、整形での入院の時に熱が出た一番ひどい時に介護度を見てもらったようです。
要介護5と言えば寝たきり状態の方が多いと聞きました。
今はもう少し良いので、次回は要介護3~4になるのではないかな?
母はお昼ご飯を食べにいこう!と車椅子で中に連れていってもらいました。
明日は病院やでな~!また明日な~!と手を振ってこの日はお別れ。
無事に送り届けることができてホッとしていました。
次の日。
ずっとお世話になっていた町のお医者さんへ。
久しぶりに母を連れていきましたが、整形からの紹介状を見て、指で酸素量を測って、今すぐに大きな病院に行って下さいと言われました
そんな大事なの・・・。
紹介状を書いてもらって大きな病院へ。
検査してもらい、即日入院となりました。
間質性肺炎という病気だそうです。
なおることはないそうで、母の場合、長生きはできないですとはっきり言われました。
数値を見ると、かなり苦しいはずなんですが、本人さんは慣れてしまってそんなに苦しくないみたいとの事でした。
入院して1~2週間治療をしましょうという事でした。
もうびっくりでした。
長生きできないという言葉にはびっくりしましたが、91歳の母ですから、何があってもおかしくないのかなぁという気持ちもあります。
95歳は無理だと思いますとの事。
じゃあ94歳まではがんばってほしいっっ
母は多分寿命の話しはわかっていなかったと思うけど、あちこちぐるぐる回って、自分はどうなるの?と思いますよね・・・。
次の日だったかに電話で、わたし、わけがわからんわ・・・・ここはどこなんやろと言っていました。
入院となり、安心な場所にいられるので良かったなとは思いましたが、本当に目まぐるしい。
そして、そんなに悪かっただなんて
一年ぐらい前の検診ではじめて体は年相応ですと言われました。
それまではこの年齢にしてはかなり健康ですねと言われていました。
こちらの病院では週に一度面会ができました。
一度だけ行くことができましたが、母、ずいぶんぼんやりとしていました。
大丈夫かなぁ・・・。
話しをしている時に、わたしなぁ、昨日は自分を失いそうになったん。えらいことやわと思てなぁ・・・なんて言っていました。
記憶があちこちに飛ぶのでしょうか。
治療で数値はすぐに改善したようですが、これからは酸素ボンベが必須だそうです。
そうかぁ・・・。
先生から電話があり、退院の日が決まりました。
入院はちょうど10日間でした。
そして、なんと希望していた施設に空きができたという連絡が
先生も自宅ではなく施設なら安心ですからとの事。
良かった。
本当に良かった。
これで安心してゆっくり過ごせるね
退院の日。
簡易な酸素ボンベを持たせてもらいました。
だんなさんが休みを取ってくれて、母の介助をしてくれました~!
母はやっぱりぼんやりがひどくなっています。
外出もなかなかできなさそうなので、今回も施設に戻るまでにあちこち立ち寄りました。
お墓参り、車で離れた畑に行くときなどよく車の中でお弁当を食べた茶畑、お寺さんに挨拶、満開のコスモス畑、自宅、自宅では仲良しの方と久しぶりの再会、そしてまた実家。
茶畑はわたしも子供の頃に時々連れていってもらいました。
コスモス畑、写真は車のうしろから!
そして施設へ。
おかえりなさい!と出迎えて頂きました
なかなか車から降りようとしない母。
車椅子を前に、そこに乗るとなんかええことあるの?と聞いていました(笑)
施設の方、あるよ!と言うと、母、笑顔になりました
自分でできるだけの事をして立ち、介助してもらって車椅子へ。
そして自分の部屋に連れていってもらいました~
そして今日。
施設入所二日目です。
テレビなど必要な方は用意して持っていかなくてはなりません。
(ロングショートステイなどの場合は用意されているみたいです)
テレビ大好きな母のために、自宅のテレビをそのまま持っていきましたよ~📺
ベッドで酸素をつけて眠っている母。
心配になりました💦💦
テレビを設置したら、テレビに釘付けでした(笑)
わたし達が声をかけても知らんぷり~!!
寝たきりになるのを心配していましたが、ここでは基本、起きて椅子に座ってもらおうと思っていますとの事!
食事など、自分で食べるのが難しいようですが、病院の影響かもしれませんね~との事。
自分で食べられるようになるといいなと思います。
差し入れもだいたい大丈夫だし、面会は毎日のようにできるそうです。
食事担当の方から、塩昆布や梅干しも大丈夫ですと教えてもらったので、漬物系大好きな母のために持っていきます
また入院の心配もありますが、とりあえず落ち着くことができたようです。
穏やかに過ごしてほしいと思います
今もこれで良かったのかなぁと思い続けていますが・・・・・。
痛みや苦しみができるだけ少なく、おだやかな日々を送れますように。
あ!足の痛みはほぼないようです。
駆け足で紹介させて頂きましたが、これからはまめに母の顔を見に行きたいと思いますっ
見て頂いてありがとうございました