前回、いや、前々回か、コーナーの中で「夜行列車を復活させようとしても、JR各社はそれぞれの道を歩んでいるし、JR線の中には第三セクターになっているのもあるから、無理だと思う」的な記事を書き込んだ記憶があります。

ブルートレイン一つ取ってもそうですよね。あれは「全国統一組織」の国鉄だったから為し得られた列車です。もし、仮に、あわよくば、百歩譲って、昭和国鉄の路線全てが独立した私鉄だったとしたら、よほどのことが無い限り、 “相互直通運転” はしなかったと思うんですよね。だから、話が極論過ぎるかもしれませんが、よほどのことが無ければ日本鉄道と山陽鉄道の相互乗り入れは有り得なかったということに等しいです。賛否は限りなくありますが、良いも悪いも「日本国有鉄道」だったから、数々の伝説が生まれたのだと思います。

まぁ、そうは言っても、都市間を結ぶ夜行列車はあっても良いのかもしれませんね。

 

ブルートレインも、「今の時代」ではなくて、「先取りしている」と言われても「時代の先を行った列車」がコンセプトだったら、もうちょっと延命出来たかもしれません。つまり、AB関係無しに寝台車の全てが個室だったり、食堂車も全然悪くないけど、それとは別に見知らぬ乗客同士が集えるフリースペースの車両があったりすればね・・と常々思っていました。個室は民営化後に「北斗星」や「カシオペア」などで具現化したし、フリースペースの車両も国鉄時代に「ロビーカー」と称する車両を開発しましたしね。でも、その当時の感覚だと「遅すぎる」だったんですよね。でも、ブルートレインにはそういった「時代を先取りする」妄想のネタがいくつもありました。

 

昨今、JR東日本が所有するEF65PFが除籍されたというニュースを耳にしました。

一部媒体では「さよなら、ブルートレインを牽いた機関車」って書き込まれていたけど、JR貨物にはまだ残存していたはず。でも、EF65PFが築いた一時代をリアルタイムで知る者としたら、やっぱり寂しさは拭えません。

その、JR東日本が最後まで持っていたEF65PFが1115号機ということで、まさに画像は1115号機の “全盛期” になろうかと思います。

昨今の鉄道マニアにしてみれば、EF65PFは貨物列車を牽いたり、工臨を牽いたりする姿が一般的なのかもしれませんが、画像が “本来の姿” ね。少なくとも1115号機は「ブルートレインを牽くため」に登場した機関車になります。

 

ハードな仕事が災いして故障が絶えなかったEF65 500番代「P形」を置き換える目的で登場したPF形の増備車(7次形)ですが、500番代P形が13年間、東海道ブルトレ牽引の座を守り通したのに対し、1000番代PF形は僅か7年でした。まぁ、「はやぶさ」にフリースペースの車両が連結されなければそのままPFが牽引したと思われますが、同じ時期にブルートレイン人気も陰りが見え始めて、抜本的な改革が求められていた時期とリンクします。そこでブルトレ人気を呼び戻すかの如く、フリースペース車両増結に伴って牽引機関車をEF66に交替しました。国鉄の思惑は当面当たり、ヘッドマークを翳したEF66の姿を一目見ようと東京駅ホームに撮り鉄が押し寄せました。

 

ブルートレイン牽引としての主力の座は7年でEF66に譲りましたが、それ以降も「出雲」「瀬戸」でブルートレインを牽引し続け、平成10年に「サンライズ瀬戸/出雲」に置き換わるまで20年間、その系譜は守り通されました。

 

鉄道博物館に1両くらいEF65PFを保存して、ヘッドマークを取っ替え引っ替え翳して欲しいですね。

 

 

【画像提供】

タ様