ここは東大阪市にある近畿車輛。

片町線(学研都市線)に乗るまでその所在が何処だか判らなかったんですが、住宅地の真っ只中にあるんですね。

社名の通り、近鉄の子会社で(終戦後に近鉄の傘下になる)、近鉄車両の大半は近車製になりますが、勿論、国鉄/JRや他の私鉄の車両も製作しています。

 

画像は言わずと知れた203系電車。東京の常磐線緩行用で営団地下鉄(→東京メトロ)千代田線乗り入れに対応した車両です。

メカニズムは201系とほぼほぼ同様で、車体はアルミ合金製です。

203系は昨年も取り上げているので、細かな経緯は割愛しますが、170両製造された203系のうち、近車製はどれ位あるのだろうと調べたら、

 

 

10両×2本=20両だけでした。

そして撮影日が昭和60年3月ということなので、必然的にマイナーチェンジの100番代になります。

埼京線開業に関連して車両が必要となり、203系を増備して常磐線緩行に投入し、炙れた103系1000番代を常磐線快速に転配させ、快速線に充当していた地上用の0番代を捻出、埼京線(埼京線に直接投入もしくは常磐線快速→他線へ転配→他線の103系を埼京線に転配)に送り込むというフローでした。

 

量産型0番代と100番代の大きな違いは台車。

0番代が201系と同じDT46系(DT46A、TR234)なのに対し、100番代は205系で初採用したDT50系(DT50A、TR235A)を履きました。その他、ユニット間の連結器や通風器の材質、床敷物の色を変更するなど、細かな差異点がありますが、どれも見た目にはよく判らないのが実状。やっぱり台車が一番の識別点になろうかと思います。

100番代90両の製造を以て、203系は製造が打ち切られ、この布陣+国鉄末期に10両編成1本製造された207系900番代で民営化を迎えることになります。

 

東西線にも203系投入して欲しかったなとその頃はずっと思っていました。

207系が量産されたら東西線に投入するって噂もありましたけどね・・・。

 

 

【画像提供】

ウ様

【参考文献・引用】

鉄道ピクトリアルNo.774 (電気車研究会社 刊)

ウィキペディア(近畿車輛)