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毎年1回は関西に出かけていますが、年々、国鉄形車両が少なくなっているのが判ります。最初は485系や583系といった特急用車両が683系 (681系) や287系に置き換わり、それが一段落すると、今度は通勤用車両の置き換えや新型車両の登場が活発化するようになります。京都線と神戸線に残っていた201系や205系の置き換え用で321系もそうですが、昨年辺りから阪和線と大阪環状線がそのターゲットになり、阪和線には225系の5100番代が、そして大阪環状線には323系がそれぞれ登場して、103系や205系を置き換えるようになったというニュースを東京で聞いていました。

そして今回の旅行です。
昨年も行いましたが、天王寺駅で103系 (特にクハ103-115と116が組み込まれたHK610編成) を待っていました。しかし、HK610編成どころか、103系も滅多に来やしない。3月17日は1時間粘って103系が来たのは2本だけ、そして3月19日は30分待って1本だけと、他は225系と1本だけ205系が来たかなという状況で、もっとも、時間帯や運行の都合もあるでしょうから、まだ全部が引退したわけじゃないとは思います。

以前にもお伝えしたように、少なくとも、せめて来年まではHK610編成は現役のまま残して欲しいなと。それはただ単に 「阪和線103系投入50年」 という節目だけでなく、クハ103-115と116は新製配置から一度も阪和線を離れず (書類上の移動はありますが、基本的に日根野電車区 (←鳳電車区) を離れていない) 50年という前人未踏の大記録を打ち立てるのです。山手線でも京浜東北線でも為し得なかった大金字塔ですよ。

そしてもっと、危ういのが大阪環状線です。
201系が京阪神緩行線から転属してきて、その段階で103系は随分と整理されましたけど、それでも201系に混じって103系も何とか生き延びてきました。昨年もちょこちょこっとは乗りましたし、2016年7月現在で8両編成が7本という陣容でした。
そして今回の旅行では、大阪環状線に関しては、可能な限り大和路線乗り入れや阪和線乗り入れ列車を避けて、103系や201系に乗ろうと意識したのですが、やって来る車両、やって来る車両全てが323系でした。

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吹田総合車両所森ノ宮支所を覗くと (列車の車窓から) 、103系が1本しかなくて、201系ばっか。もしかして、本当に103系は残り1本になっちゃったんですか? だとしたら、本当に 「厳しい現実」 ですよね。
しかしまぁ、JRだけじゃないんだけど、JRの新型車両って、ホントに無味無臭の炭酸水のような電車ばかりですな。コーラやメロンソーダ、そしてオレンジジュースのような、色とりどりながら、それでいて味にバリエーションがある車両はゆくゆくは消え去るんでしょうけど、それもまた、 「時代の流れ」 なのかもしれません。

103系は奈良線や大和路線の普通用として、しばらくは残存するとは思いますが、気がついたら、大和路線の普通用に新車が登場して、あれよあれよという間に勢力分布図が入れ替わってしまいます。東日本や東海もそうですが、JRの車両置き換えサイクルは本当に早くなっています。国鉄形が消えるのは残念ですが、やむを得ない事でもあります。そんな老兵の 「元気だった頃」 を思い起こすために 「嗚呼・・国鉄時代」 は存在します。これからも、若かりし頃の姿をお届けして、縦横無尽に走り回っていた時代を振り返りたいと思っています。