愛想の良い国 日本 | モギーヌのブログ

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壮大なる暗示に気付く

このような記事があった。










日本のようにキッチリと全てに於いて行き届くサービスや、大体何処へ行っても丁寧な対応、というものをドイツではしていないので、その分生産性が上がっている…というような事だと思う。






僕自身、そんなに多くの国へ行った事がある訳ではないが、だいたい他の国のスーパーの店員は無愛想にレジの仕事をこなしている。



余計な事をしない分、多分早いのだろうし、愛想を振りまかない分、精神的な疲労度も日本よりは少ないのかもしれない。







日本人は愛想の良い対応に慣れ過ぎていて、無愛想に対応されるとイヤな気持ちになる人が少なくないのかもしれない。





何故かと言うと、自分で自分を大事にしていないからだ。




自分自身を大事にしていれば、他人に大事にしてもらえなくても(無愛想に対応されても)そんなに気にならない。




反対に自分自身を大事にしていなければ、他人に『自分自身の大事さ』を求めるしかなくなる。




大事にしてくれるかどうかというのは『他人任せ・他人次第』という事であり、それに左右され続ける。





先程もスーパーで外国人の客が僕の前に並んでいたが、「カード持っていますか?」など愛想良く聞く店員に対し、小さく首を横に振ったりするだけで、1ミリも愛想を振りまいていなかった。

何ならちょっと怒ってんの?というくらいだった(笑)





だが、決して怒っている訳でも機嫌が悪かった訳でも無いのだろう。彼らは日本に居ても余計な気遣いはせず、ただ自分のやる事をやっているだけなのだ。




「日本に居るのだから、日本人に合わせて愛想良くしなければならない!」と言う人もいるかもしれないが、そう言う人は、そうすれば良い。






と言いながら、たいがい僕も店員に対していつも愛想良くしているのだが…クマムシくん