水龍、大陰の性質を持ち、あらゆる液体を司る。五龍の中では最も人嫌いで極めて気難しい。彼女の保持者となった者は特典で一度殺されても生き返る。
水龍は力押しを好むイケイケな風龍やあっと驚く奇策を好む土龍、千尋の谷から這い上がるような困難が好きな黄龍と違い、時間をかけて確実に成功する為の布石を行い、その時が来たら一気に事を成す正統派の策士である。
また他の龍と違って保持者にも恵まれており、曹操、夏侯淵、夏侯惇と3人も彼女の姿が見える上、内紛の心配も無いという好条件にも恵まれている。
人間に化身して荀彧と名乗り、曹騰を操り、曹操を鼓舞し、遂に炎龍の血筋を絶ち、曹操を魏王に押し上げた。
・・・までは良かったが、赤壁の敗北を境に曹操と水龍の間には溝ができ始める。
彼女の献策や進言はことごとく撥ねつけられ、夏侯惇や夏侯淵からも「人の気持ちがわかってない」となじられる始末。
「疑わしきは殺せ」が龍に共通するスタイルである。
司馬懿に何か危険な物を感じた水龍は彼女を殺すよう曹操に勧めるが、曹操は彼女を合理的だとからかって取り合わない。
リスク管理という観点から見れば正しいのかもしれないが、それは頂点に立つ者としては恐怖政治の末に反逆されて滅ぼされるというリスクも孕んでいる。曹操はその事をわかっていない水龍にカウンターパンチを浴びせた格好である。
「人というものは弱い者。例え龍が付いていても心が脆ければ国を保つことはできない」
とは物語冒頭の水龍の言葉だが、その弱いはずの人間が己のコントロールを受け付けなくなっていく事に驚きと苛立ちを募らせる。
だが同時にそんな曹操を次第に認めていくようになる。
彼は「龍を凌駕する者」なのだから。
そして曹操が劉備との決戦に及び、死闘の末に倒れるに至って遂に水龍は自らの秘めていた思いを曹操に吐露する。
水龍は人と心を通わせることを避けて来た。いや、恐れていた。
それは水龍にとって出会いと別れの無限の繰り返しだから。
龍は永遠だが人は有限である。
幾度となく出会い、幾度となく心を通わせ、幾度となく別れ、涙した水龍はいつしか心を捨てていた。いや、心を無理矢理に精神の奥底に封じ込めていた。
だが群雄の中でも、そして彼女が関わった保持者の中でも最もダメ男の曹操が悩み苦しみのたうち回り、それでもなお前に進む姿に彼女の奥底で何かが蘇った。
だがそれは彼女が咲かせた蒼き大輪の花が散るのを見届ける瞬間でもあった。
水龍が鼓舞し尻を叩き見守り、そして愛した男は彼女の腕の中を死に場所として永遠の眠りについたのだった。
人の心の弱さを嗤うのは自分自身の弱さを覆い隠す為の虚勢だった。
そんな自身の心の弱さと孤独な戦いを続けて来た、そんな哀しさを秘めたキャラクターだった。
そして量子世界を通して遥か未来の日の出ずる国でゴリラの如き肉体を得た彼女はその体にジャイアンの心を宿し、のび太君カラーの服を纏い、京言葉を話すメリケンサックの化身を相棒としてステゴロ最強の女として世界を安定させるための戦いに臨むのだった。
次回はいよいよ大トリ、登場人物中最も人間らしい「人間」だった劉備玄徳です。
*荀彧
163~220
「王佐の才」の代名詞的人物。
曹操の魏王就任の頃から彼との間に溝ができたとされているが、その子孫はその事で特に冷遇されたという気配もない事から俗説なのかもしれない。
有名なのは曹操が彼に空の容器を贈ったのが「死ね」のサインだったとされているが、多趣味の曹操の事だから案外お見舞いに自作の陶器を贈ったのが歪曲された・・・かもしれない。
劇中では曹操が彼女に箱を渡して「人だった頃を思い出せ」と言っているが劇中では中身は明かされない。水龍は荀彧が付けていた耳飾りを付けていないが、もしかしたら中身はその耳飾りだったのかもしれない。
*水龍の謎
上の本文ではさらりと書いたが、水龍は保持者の血筋が絶えたわけでもなさそうなのに「偽蝕劉曹編」では荀彧という人間になって登場している。
前作でも本作でもこの事は一切言及されていないが、無理矢理に理由付けするなら水龍独自の能力か、旬家が水龍と保持者としてではなく、彼女の依代としての契約を結んでいた可能性もないではないと思う。
ならば前にも書いた性悪説を唱えた荀子は当時人間に化身していた水龍であったという可能性もないではないかもしれない。
でもあくまでこれはここでの推論である。勝手な憶測であり公式ではないので鵜呑みにはしないように。
*追記
劇中で曹操が水龍に渡した箱(水龍は実体が無いので受け取れなかったが)の中身は曹操の中の人の言によれば空だったとの事。
「それが今のお前だ」という意味を込めていたとか。
人として、武将として、そして君主として一回りも二回りも大きくなった曹操は一方で情緒的な部分が影を潜め、相当にドライな性格に変わっていたようだ。