海外出張用のスマホをいじっていたら、愛猫モモの写真が出てきた。
今年の1月5日に家族に見守られながら他界したモモ。
スマホの画面に出てくるモモはどれも可愛くて、凛々しくて、やっぱり可愛い。
お別れしてから1ヶ月が経過し、ようやく落ち着いて思い返せるようになってきた。
モモは私にとって初めて家族に迎えた猫。
子供の頃には近所の猫がうちに遊びに来ることはあったけど、一日24時間を一緒に暮らすのは初めてだった。猫のことで知らないことはいっぱいあったけど、小さい頃から猫に囲まれて育ってきた奥さんと一緒なら大丈夫だろうと思い、ペットショップから連れて帰ってきた。
ペットショップから自宅までの道中、車の中で、早速奥さんが怯えるモモを両手に包んであやしていたっけ。
一緒に暮らしてみると、猫のことで知らなかったことがいっぱいあった。
ご飯の食べ方も、水の飲み方も、発情期も。甘え方も。てっきり東京のカルキ臭い水は嫌いだろうと思っていたのに、モモは蛇口から出てくる水を飲むのが大好きだったっけ。朝、私がトイレに入ると甘えてきて抱っこさせてくれるのに、トイレがら出た以降は1日中抱っこが嫌いだった。
知らないことといえば、自分が猫アレルギーだってことも、モモと暮らして初めて知った。
ここチェンナイのホテルではネットがしょぼくて写真1枚もアップできないけど、スマホの中には子供たちと一緒に写るモモの写真も沢山あって、子供たちの成長を見届けてくれたことがよくわかる。
恐らく世間一般の親として一番苦労するであろう子供の思春期や反抗期も、モモはいつも子供たちの傍らにいて、時には体を摺り寄せて、時には一緒にはしゃいで遊んで見せて、癒したり励ましたりしてくれたんだね。お蔭様で子供たちは優しい気持ちを持つ大人と、大人の一歩手前まで大きくなってくれました。
子供たちと同じように自分もモモに励まされ癒されて過ごしてきた10年間ちょっと。私自身は40歳から50歳の10年間でした。人並みに凹んだり疲れてたり、世間の亭主と同じように奥さんのダメだしに悩んだり落ち込んだり。そんな時、モモは目を瞑ったままじっと話を聞いてくれましたっけ。モモの体毛がだんだんと白っぽくなってきたのと同じように、私の髪の毛も白い色が増えました。10年間、あっという間でした。
そう、そしてあれから1ヶ月が経ち、いろいろなことを思い返せば返すほど、モモは只者ではなかったことに気づかされる。ベテランの猫というか、猫たる猫というか、決してゴロゴロと甘えてくるわけではないけれども、ここぞという時には傍にいてくれて、そうではないときには決して人間に媚びない。まさに百万回生きた猫そのもの。
ありがとね。モモ。また会おうね。