2023年9月。
娘の人生ではじめての発熱。
40度近い高熱が数日続いていました。
近隣の小児科では、突発性発疹ではないかと言われ
発熱5日までは様子を見るように言われていました。
ただ、夜のぐずりが尋常ではなく嫌な予感。
最初は歯ぐずりなのかな?とも思っていましたが…。
発熱5日目で、一応血液検査をしてみることになりましたが、
結果を見て先生が「すぐに大きな病院に行ってください」と仰り、タクシーを手配されて、近くの市民病院で入院することに。
検査をしていくうちに、髄膜炎と判断されました。
治る病気なので、と発熱が落ち着くまで入院することになりましたが、
40度の高熱がなかなか下がらない。
解熱剤を入れているとき以外はずっと高熱が続いている。
嫌な予感がしました。
ただ37度台に熱が下がり始めたタイミングで、なんとか二週間ほどで退院。
あまりに付き添い入院がハードだったため、やっと家での生活に戻れる!と思っていましたが…。
残念なことに、帰宅後またすぐに40度近い熱が出始めました。
病院に連絡すると、再入院になります、と…。
絶望です。
嫌な予感は当たりました。
おそらく普通の病気ではない、という予感がほぼ確信に変わりました。
結局退院して2日後に再入院することに。
お世話になった看護師さんたちは、何も言いませんでした。
真っ暗の絶望の中、その優しさだけ、ほんのりあたたかく感じました。
小児科の先生と面談することになったとき。
娘をかわいがってくれた看護師学校の学生さんが、研修のために同席することになりました。
私の言葉にできないような絶望を研修に利用されている今の状況が、
なんだか誰かのエンタメになっているような気がして、
あまりにもイライラしてしまい
「ごめんなさい。立ち合いはなしにしてください」とお願いしたのをよく覚えています。
私は仁王のような顔をしていたのではないでしょうか。
大好きな学生さんでしたし、学生さんは悪くないのですが、
もうそのときは耐えられませんでした。
面談で先生に言われたことを要約すると、
もう普通の病気じゃないから、大学病院へ転院して調べてもらう。
ただベットが空き次第になるので、それまでここに入院して待機してもらう。
ということでした。
終わった後、立ち合いしてくれたベテラン看護師さんが
「よく言えたね、偉かったね」と言ってくれました。
そのことを思い出すと、今でも泣けてきます。
あんな、ドラマでしか見たことのない小さな部屋で宣告される経験、
自分がするだなんて思ってもみなかった。
それからまた一週間ちょっと入院して、隣の都道府県の大学病院へ転院に。
早く病気がはっきりしてくれーと、祈るように転院しました。
ただ、私も限界が近づいており…。
0歳児、まだまだ授乳(ミルク嫌いで完全母乳)が必要かつ
ママじゃないと絶対にダメ!!!ギャン泣き!!!!
という感じだったので、パパに交代できても数時間、
家にもほぼ帰れず、食事はコンビニかラーメン。
乳幼児の付き添い入院のキツさを痛感しました…。
簡易ベッドは痛すぎて、ベビーベッドの中で体を折って子供と一緒に寝ていました。