娘が病気を発症し、付き添い入院先では不安な毎日を送っていました。


「どうしてこの子じゃなくちゃいけなかったんだろう」

「どうして私なんだろう」


これは今まで感じたことのない種類の不安で、

今まで「不安」というのは、心にズッシリ重くのしかかるもので、ミチミチに中身が詰まっていました。


でも今回の不安は、筒のような…。

外側だけがあって、なんだかスーッとするように、中身がないのです。

まるで空洞のようです。


怖い、辛い、不安だ、そういう言葉の外側だけがあって、実感がない。


まだ、娘の病気が、自分のことだと受け入れられていなかったからです。

こんな医療ドラマみたいなこと、まさか自分に降りかかるなんて、やっぱり嘘なんじゃないか?

毎日朝起きて、病院にいるのが夢なんじゃないかと確認することから始めていました。


でも入院してしばらく経って、頑張っているお子さんとママを見ながら、わかったことがあります。


病気になったことは不運かもしれませんが、決して不幸ではない


ここにいる子供たちは、大変な病気を抱えながらもみんなママと一緒にいて幸せそうだったからですにっこり


今でも忘れられない出来事があります。


同室だったAさんの娘さんは、生まれつき重大な病気がありました。

今も意思の疎通は難しく、歩いたり運動することは難しい状態。

幾度となく厳しい選択を迫られながら、Aさんは15年以上そばに寄り添い、介護を続けておられました。


そんなAさんが会って間もない時に言った言葉。


「まあ私って結構ラッキーだから!」


え??!!!不安


本当にびっくりしました。

え?我が子が生まれつき病気なのに?

こんなにも自分の時間がなく、不自由な生活なのに??

信じられない…無気力


恥ずかしながら、当時の私は、病気であることを不幸だと思っていました。

Aさんのことも、もちろん私自身のことも、不運で不幸なママだと正直思っていました。


でもAさんは自分のことをラッキーだと言う。

衝撃すぎて、この時のことは一生忘れられません。


入院生活がしばらく経って、Aさんの言葉の意味もわかるようになりました。


私も不安でいっぱいだけど、毎日検査に耐えながらも、大好きで可愛くて仕方のない娘とずーっと一緒にいられることは、本当に幸せだったから。


不幸では決してなかった立ち上がる


そして、希少疾患にも関わらず、ちゃんと診てくれる先生に出会えた偶然を、とてもラッキーだとも思いました。


遠くからくるお子さんも多いのに、たまたま通えるような場所に大学病院もありましたし、いろんな幸運が重なったと思っています。


外から見た私は、難病児のママで、不幸で可哀想に見えるかもしれない。

でも、私は私のことを本当にラッキーだと思ってます。


Aさんが、自分のことを「ラッキーだ」と言うのは、きっとこういうことなんだなと思います。


苦労は計り知れないけど、いろんな幸運のおかげで、15年も大好きなお子さんとずっと一緒に居続けられているんだから。


もし周りに当時の私と同じような人がいたとき、前の自分よりも、必要な言葉をかけてあげられるようになったと思います。


誰しもたまたま健康で、誰しもたまたま病気になっただけ。今はそう思います。


自分の経験を無駄にしたくはない。

このことがわかっただけでも、意味のある付き添い入院生活でした。