娘が退院して1か月が過ぎました。

 

午前中は、ベビーカーを押して散歩。

場所は、近所にある神社か、景色のいい場所。

子供のいる場所には感染が怖くて行けず、毎日この二か所の往復でした。

 

神社では毎日、娘の病気のことを神様にお願いして、そのあと美しい景色を見に行きました。

私は、お金持ちがセカンドハウスで家を買うような、とっても景色の良い場所に住んでいたので、

その景色を見ることが気晴らしになりました。

 

ばーっと広がる真っ青な空を見て、いつも「パラレルワールド」のことを考えました。

 

別の世界で生きる娘は、病気ではなく、みんなが元気で過ごしているのかもしれない。

だけどこの世界で生きる私たちは…。

 

パラレルワールドのことを考えているときが、一番むなしかった。

また、ズーンとする不安ではなく、空洞のような心がスーッとする不安。

 

こんなこと考えているのは、まだ娘の病気を受け入れられていなかったからです。

こんなんじゃだめだ、わかってる、

でもあまりに私の生活は一変し、すべてを受け入れるのにかなり時間がかかるんだろうなと思いました。


主治医には、

「感染が再燃の引き金になるので、感染には重々気をつけること」

と言われまくっていたので、とにかく人のいない場所以外への外出が怖かった。

私から娘に感染させるのも怖くて、この頃は通院以外で電車に乗るとか、スーパーの特売に行くとか、そういうのも怖くてできませんでした。

 

この頃、何も知らない友達から、三人目の子供を出産したと連絡がありました。

「娘ちゃんはどうしてるの?写真送ってよ」

と言われて、みんな元気だよと、ステロイドでぷくぷくの顔が服で隠れた1枚を選んで送信しました。

 

また別の日。

 

私自身への感染が怖く、1月もだいぶ過ぎていますが、インフルエンザの予防接種を打つことに決めました。

 

娘の発症時に見てもらっていた小児科が、大人も見てもらえるところだったので、そこで。

 

先生は、「本当はこんな時期にもうインフルエンザワクチンはないんです。たまたまあったから打てたけど、

来年はもっと早く打ってくださいね」と。

 

もう私のことは覚えていないかなと思いましたが、つい

「〇〇の母親です。先日はお世話になりました。

娘のことで感染が怖くなり、今更ですがワクチンを打ちにきたんです」と言いました。

 

「〇〇ちゃんの!どうりで見たことのある感じがした」

と覚えてくださっていました。

 

「〇〇ちゃんのことは心配で、市民病院の先生に会う機会に、どうなったのか聞いていたんだよ。

転院したんだってね。」と。

 

今は、退院したが、まだ遺伝子検査の結果待ちで、なんとも言えない状態。

自己炎症症候群の病気を疑われている、と説明しました。

 

私があまりに悲壮感たっぷりだったのもあり、先生は

「今は辛いだろうけど、子供の病気は成長の過程で良くなることもよくあるから、あんまり悲観的にならないで」

と言ってくれました。

 

大学病院の先生は、立場上、絶対にこういうことを言ってくれないので、

本当に本当に嬉しかった。

 

私も、初めて希望が持てました。

 

先生に感謝を伝えて、今後もこの病院にはお世話になろうと思いました。