先日の遺伝子検査の記事の続きです。
自分ではどう受け止めていいのかさっぱりわからず、通院の帰り道にCさんと親に連絡しました。
Cさんは、
「先日インフルエンザの予防接種受けた時に先生に言われた言葉を思い出しますね!
誰もがわからないからこそ完治の可能性があるよ
」と。
Cさんのお子さんは、遺伝子検査をして遺伝子変異がはっきりみつかったそうです。
だからこそ、希望を持てることのありがたみを説いてくれました。
母親も、「良かったじゃない!治る希望が持てる!」と。
やっぱりそうなんだよなあ…。
わかってる、私もこの結果の方がよかったんだって、うっすらそう思ってる。
遺伝性疾患の場合は、基本的に完治は難しい。
一生付き合っていく必要があります。
けれど、今回診断された若年性特発性関節炎は、先生によると
30%は2.3年で病気が落ち着き薬がいらなくなる。
30%は薬を飲んでも熱が出る。
30%は関節炎が出る。
病気が落ち着く30%を祈りたい。
そう思うのですが、
中途半端な診断で、何もわからなかったと捉えることもでき、本当に…もう、たまらない気持ちでした。
そもそも、1万人に1人の難病に罹っている時点で、病気が落ち着く30%を望むのも、どれだけ難しい願いなんだと…。
前向きに考えるのも怖い、という感じで…。
難病って、なんて複雑で大変なんだろう。
こんなにも医学は進歩しているのに、娘の病気のことは解明されておらず、
全体を見れば医学的にわからないことがほとんどなんだなと、この記事を書いている今もそう思います。
モヤモヤ、モヤモヤ…。
この結果は、よかったんだろうか、悪かったんだろうか…。
翌日も、いつものようにベビーカーを押して、神社へ。
通院の前には必ず参拝に伺い、通院後はお礼参りに行く習慣がありました。
ベビーカーを押しながら、頭の中ではまだ昨日のことがぐるぐる。
はっきりしない頭で、別のアクションをしたかったのでしょうか。
動機は覚えていませんが、この日、神社でお守りを買おうと思いました。
受付で、「お守りをください」と言うと、なぜか言うつもりのなかった言葉が、口から滑り落ちるようにスルスルと出てきました。
「娘が難病で、治るようここの神様に毎日お願いに来てます。昨日、検査の結果が出て、絶対に治らない病気だと言われていたけど、治るかもしれないんです」と。
こんなにも、言葉と一緒に涙がぶわっと滝のように出たことは初めてです。
まるでトプトプ注がれていた心のコップから水が溢れ出たみたいに、予想もしなかった言葉と涙が出ました。
遺伝子検査の結果をどう捉えていいかわからない、そう思っていたのに…。
号泣しながら伝えると、受付のお姉さんは、
「そのことを神主さんに伝えて、神様に報告しておいてもらうね」と言ってくれました。
この日から、娘はJIAなんだと受け入れるようになり、先生の言う「薬のいらない30%を目指したい」
と思うようになりました。
人生で初めての体験。
私もずっとギリギリだったのかな。
この日のことは一生忘れないと思います。
