娘は無事に幼稚園に入園しました🌸🌸


産後、初めての、罪悪感なく過ごせる自由時間。

ですが、色々あって全くゆっくりできておらず。

心は疲弊し、朝ごはんを食べる気にもならず、露骨に痩せました悲しい


娘は本当に元気で、園にも楽しそうに通っていますが(他の学年にも友達いっぱいで、コミュ力にびっくり!)

私は人間関係が急に増えたことに耐えられず、心が疲れています。


幼稚園って、登園も降園もどっちもお母さんたちと顔合わさないといけないんですよね。

私はそれがしんどくって。

慣れたら変わるんだろうけど、半年はかかるかな。


私は人とコミュニケーションが取れない訳ではなく、ただただ気を使ってしんどいタイプ。


大学生の就活の時も、グループ面接の後駅までみんなと帰るのが嫌で嫌で、「すみませんコンビニ寄るので失礼しますの術」を使いまくってたことを思い出します昇天


あとは、

「このお母さん、スクールカーストの上位にいた感じがする…」

と、勝手に想像してしまい、絡むのが怖くなったり泣き笑い


娘は早速、入園一週間で仲の良い男の子を噛み、問題を起こしてました絶望

親子登園にも一緒に通っていた大好きな男の子だったので、親御さんも理解してくださいましたが…


さすがに「難病があり、1年半の間、感染を避けてほぼ二人で生活していました。その分、触ったことのないものが多く好奇心旺盛で。お友達といた時間が少なかったこともあり、協調性が他の子ほどまだ身についていないんです。」と、正直に説明しました。

実際にそう思うことは多々あります。


でも、

「え?!お母さん、めっちゃしんどかったんじゃないですか?!」と言ってくださって。

その反応が、ありがたかったです泣くうさぎ


なんというか、こういうことを説明しなければならないことも含めて、しんどいんだよなー。

二人でいる時は、説明しなくて済んだから。


まったく難病持ちとは思えない元気な娘。

でもいざという時、説明しないといけない。


見た目でわからない難しさ。

昨年からいてくれる園長先生と保健の先生以外、私がボロボロだったときのことを知らないのです。


「こいつ、大袈裟に言ってるんじゃないか」

「子供は元気なのにまだ過去に囚われていて、何かにつけて言い訳にしてるんじゃないか」


そう思われるんじゃないかという気がしてならないのです。


PTAや、その活動でも、たまたま娘の病気のことを話さないといけない機会があり、そのとき皆さんは「しん…」と静かになって聞いてくださりますが、

そのとき隔たりを感じずにはいられません。


そんなメンタル不安定な中、先日は夫が平日休みだったので、娘を幼稚園に17時まで預けて、二人で出かけました。


2年半前、付き添い入院中にみつけたおしゃれなカフェに二人で行きました。

その後、大学病院の近くの道を歩きながら、驚いたことがあったのです。


「え??!!この広場、こんなに緑になるの?!」


美しい新緑にびっくりしました🌳

付き添い入院中は、秋から冬にかけてだったので、病院横にある広場の木は枯れて、土がむき出しのベージュの世界🍂でした。


これまでも通院のために新緑や夏の季節に何度も通っていたのに…。


あまりにもショックな出来事だったため、景色が当時のままインプットされ、緑になっても、ベージュの印象に引き戻されていたのだと思います。


それが、夫とカフェに行き、当時のことを話しながら歩くことで、この景色の変化にちゃんと対峙できたようです。


またベージュの景色のイメージに戻るとは思いますが、「あの時は辛かったんだな」と自分を慰めてあげる気持ちになれました。


広場の前を通ると、いまだに毎回、「あのベンチでカウンセラーと話しながら泣いていたな」と当時の私を探します。

今後もやめることはないでしょう。


私は私なのに、あの時の私は、今の私とは別にずっと生きている感覚があり、救ってやりたい、と思います。


心が空っぽで、どうしようもなく辛かったから。


最近、母にこのことを話しました。

「早く過去にできると良いのにね」

と言われました。


大変な時にあんなに近くにいてくれた肉親でも、こんなに感じ方が違うんだなと、少しショックでした。


私は少しも過去にしたくないのです。

何があっても、絶対に。


むしろ、過去になることが怖くて、一生懸命当時のことを思い出します。このブログも、そういう気持ちでやっている。


もちろん「乗り越えた」とは思う。

でも本当に過去になってしまったら、あの時の感覚がちゃんと思い出せなくなったら…。


娘と昼間二人で生きる苦労や、私達を支えてくれた街の人を大好きと思う気持ちや、私自身の心の成長…。

それらは全部娘の病気があってのことです。

あの大変なことをすっ飛ばして、今の私達が存在してるなんて、絶対にありえません。


だから過去にしたくない。

私には死ぬほど大切な記憶です。


辛い時のこと、忘れられたらなって何度も思ってきました。例えば、恋人と別れたとき、会社でうまくいかなかったとき、毎回そう思ってきました。


けれど、このことだけは。

どんなに辛くても絶対に忘れたくない大切な大切な記憶です。

辛くても忘れたくないことって、あるんだなと。

娘の病気を通して、そういう発見がありました。


最近私は「風化する」という言葉をよく使います。

娘の病気のことは、どんどん風化していってる感じがします。それが怖い。


先日3.11の特集を見て、ワーッと泣いてしまいました。

ことの規模が違うことは大前提で、

「3.11のことはみんな覚えているけど、私と娘のことは、私が覚えておかないと、みんな忘れてしまう」って。


夫も母もすごく助けてくれました。

でも平日の昼間、公園や児童館に行けずに我が子と二人で過ごす辛さや、知らない人に指をさされる心苦しさ、それらを家族が体験することはありません。

やっぱり、私には私にしかない辛さがあったと思う。(もちろん夫や母にもあったと思うが)


この風化や、娘がありがたくも全く見た目ではわからない状態になっていること、幼稚園でのたくさんの普通の親との関わりなど、いろんな要素が合わさって、心がめちゃくちゃ疲弊しています。


私にとっては、ずーっと当時の延長線です。


大袈裟に思われないか、またこの人このこと言ってる、と思われないか、心配になって嫌になります…悲しい


やっぱりPTSD気味なのかな?

にしても、やっぱり絶対に忘れたくないのです。


難病児の親の気持ちは複雑です。

今も保健師さんに話聞きに来てもらってますが、こういう話ができるのは保健師さんたちだけなので、本当に助かってます。