ペーパーハウスコリアのその後の、
妄想創作になります。
観てない方は、ネタバレになりますので、
ご注意下さい。
観られた方で、興味のある方は、
広い心でお読みください。
その①はこちら
デンバー
「おかえり。記者の人だよ」
「こんにちは」少年は、綺麗な韓国語で挨拶し、
丁寧にお辞儀をしたが、
次の瞬間には、カウンターのイスに、
ちょこんと座り、
ダンボールの中を覗き込んでいる。
そして、おもむろに
韓国のスナック菓子を掴むと、
嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「私たちの子じゃないわよ」
彼女が聞くよりも早く、ウジンが答えた。
「誰の子供かは、すぐわかるよ」
教授はそう言って、
視線をドアに向けた。
同じように乱暴に開けられたドアと同時に、
その名が呼ばれた。
「マンシク!!」
肩までの黒髪を結び、
立派な体躯が入り込んできた。
「家にまっすぐ帰って来いって、
いつも言ってるだろう」
方言の抜けていないイントネーションで、
彼が言う。
「デンバー・・・・」
彼女は、無意識にそう名前を呼んでいた。
その名を呼ばれて、表情を硬くした彼は、
次の瞬間には、笑顔で、
彼女を眩しそうに見つめていた。
「そうだよ。アレは、息子。マンシクだよ」
「マンシク・・・」
どこかで聞いた名前だった。
「モスクワの孫だよ。名前は、
モスクワから受け継いだんだ」
教授が、説明し、彼女はなるほど・・・と思う。
あの事件で命を失った2人の内の、一人だった。
「デンバーは、ここで空手の教室を
展開しているんだよ」
父親が死ぬ間際まで行く末を
心配していた息子は、
再び道を誤る事なく、生きているのだと、
彼女はホッとした。
「お父さんも、
いつもまっすぐ帰らないじゃないか」
息子の反論をスルーして、
デンバーもまた、ダンボールの中を覗き込む。
「お・・・ラーメン」
ラーメンを抱えようとするデンバーの
頭を軽く、ジウンがはたいた。
「ダメよ。みんなで分けるんだからね」
「みんな・・・・」
その言葉に含まれる人が、どこまでなのだろか。
不安に駆られるのは、ベルリンの存在故だろうか。
彼女の不安を感じたように、
教授は、ポンと手を打った。
「さて、今夜は我が家にお招きしようか」
トーキョー
更に田舎道を車で走らせた山の中に、
美しい景色に溶け込むようにして
その家は、建っていた。
解放感のある広い庭。
車を降りると、小さな女性が軽やかに走ってきた。
近付いたかと思うと、ピョンと跳ねて、
教授にダイブする。
「おかえりっ!」
毎度の事なのか、教授は、
驚く事なく、片手で彼女を受け止め、
ポンポンと頭に優しく触れた。
「そういう事してると、
リオがまた、拗ねるわよ」
ジウンは、ニヤニヤと笑う。
「拗ねさせるために、やってるんだもん」
悪戯っぽく笑った彼女は、
マンシクを抱き上げて、
玄関を振り返る。
玄関では、不遜な表情で
仁王立ちしているリオが、
彼らを出迎えようとしていた。
「リオは・・・彼は、
リオという名が気に入ってね。
その名前で通してるんだけどね。
この地で、医者になったんだよ。
あの事件で、血を克服してね」
教授は足を止める。
ウジンとトーキョー、デンバーが
家の中に入るのを2人で見送ると、
「僕たちは、この地でうまく
根付く事が出来たんだよ。
勿論、お金の力もあったけれど、
それぞれが得意な事を生かして、
この地に貢献してきた10年だった。
この土地の人は、僕たちを受け入れ、
守ってくれたんだよ」
教授は、そう言って、
懐かしむように遠くを見つめていた。
ベルリン
その部屋は、あたたかくて、
湿度が十分に保たれていた。
ベッドの上で、本を読んでいる男性が、
こちらに顔を向けて、指を一つ口元に立てた。
彼の傍で、
うたた寝している女性を気遣っている。
彼女の記憶の中の彼よりも、少し痩せているように見えたけれど、
表情はむしろ、柔和になっていた。
こんな風に優しく笑う人だったっけ??
「ジュンホ」
彼女の背後にいた教授が、彼の名を呼んだ。
「兄さん」
「例の記者の方だよ」
「こんな辺鄙な所まで来た、奇特な記者か」
・・・ベルリンは、彼らしく皮肉を口にして、
ニヤリと笑った。
ソウルは、ベルリンから片時も離れないんだよ・・・・
教授の言葉を思い出す。
2人が生きる世界は、恍惚感に満ちていた。
愛の濃さを、彼女は肌身で感じていた。
いずれやってくる悲しみを、この愛は、きっと凌駕するだろう。
うたた寝する女性の頬に、ベルリンは優しく触れていた。
おかしな3人
「夕食まで、自由にしてていいわよ」
ジウンはそう言い残して、キッチンへ行ってしまった。
リビングでは、デンバーとリオ、マンシクが、
ワイワイ大騒ぎしながら、テレビゲームをしている。
彼女は広い家の中を歩きながら、
この自由な感じはなんだろうかと、不思議に思う。
もっと、警戒すべきなんじゃ???
あまりに無防備なんじゃ??
私が、暗殺者だったら、どうするのよ・・・
何故か、フツフツと怒りが湧いてくるが、
その感情を逆なでするかのような笑い声が、
庭から聞こえてきた。
間の抜けたような大笑いに釣られて庭に出ると、
暖炉用の薪割りをしている3人がいた。
彼女は、眼鏡をおさえ、そっと近寄る。
「あら?記者さん?」と一人の女性が、底抜けに明るい声で言った。
寒そうに足踏みをしているが、
相変わらずミニスカートを着用し、美脚を露わにしている。
「・・・・ナイロビ」
彼女のつぶやきをスルーして、ナイロビは、
横に立つ大男の背中をパシッと叩いた。
「ほら、しっかり割りなさいよぉ」
ミョンテは、促されるように薪を割り続けている。
「よし、私も・・・」と横から声を出した人物を見て、
彼女は息をのんだ。
「・・・・・どうして、ここに・・・?」
「あら?この人を知ってるの??さすが、記者だわね」
ナイロビが、嬉しそうに言った。
強奪事件の人質で、強奪犯と行動を共にしたミソンの他に、
後に行方が分からなくなった人物がいた。
紙幣印刷の名手・リ係長・・・・その人だったのだ。
「私が呼びよせたの。
奥さんを早くに亡くして、一人ぼっちだったから。
こっちで、一緒に印刷の仕事をしませんかってね」
「お陰で楽しく、過ごさせて貰ってます」
少し老いたリ係長は、転がった薪をかき集めて、
いつものように微笑んだ。
不意に彼女は、何かを思い出したように、
ナイロビを振り返った。
「あの・・・息子さんは・・・?」
「息子の事まで知ってるんだね?さすが記者さん。
息子は、アメリカに留学してるんだ。去年まで一緒に住んでいたけどね」
ナイロビは、少し泣きそうな表情をしたが、
薪割りに失敗した大男を見て、声をあげて笑った。
「情けないね。オスロに笑われるよ」
彼女は、この空間に、今は亡きオスロの存在を感じた。
そして、彼女
リビングに戻ると、子供が増えていた。
ドタバタと走り回っていて、人数も確認できない。
「トーキョーとリオの子供たち・・・・」
教授が、目じりを下げて言い、
「そして、私たちの下の子供たち」
デンバーの肩に、頭を預けた女性が口を開いた。
白い肌に、長い黒髪が綺麗だ。
彼女は、一目見て、分かった。
人質でありながら、ストックホルム症候群となり、
強奪犯と行動をともにする事を選択したミソンだ。
寄り添って、見つめ合う2人は、
きっと、あの時のままだ。
「僕たちには、子供はいないが、
この子たちが、子供みたいなものだな。
賑やかで、飽きない」
教授は、嬉しそうに言う。
「祖国に戻りたいと、思わないのですか?」
思わず出た質問だった。
教授は少し考えて、
「僕たちは、もう朝鮮半島の地を踏もうとは考えていないんだよ。
僕たちにとって、祖国は重く苦しいものだったから、
心から落ち着けるこの地が、僕たちの祖国なのかも知れないね」
教授は、ワイングラスを彼女に差し出した。
「食事前に、あなたの質問に幾つか答えよう」
ワイングラスを受け取った彼女は、
リビングを見回した。
台所でウジンとトーキョーが料理をしている。
その横でリオが、トーキョーにまとわりついている。
玄関からヘルシンキと、ナイロビと、リ係長が、
薪を抱えて入ってきた。
目の前では、デンバーとストックホルムが、我が子を抱き上げ、
にこやかに笑っている。
家中に響き渡る笑い声は、2階にいるベルリンとソウルに、
安らぎをもたらしている事だろう。
そして、ワイングラスの向こうで、教授が質問を待たずに、
言葉を続けた。
「僕は、君の質問に全て答えよう。
この居場所さえ秘密にしてくれたら、全てを記事にしてもいい。
本にしてもいい。勿論、映画化もいいね」
ウィンクをひとつ。
出会った時から、自分に開け放たれた空間。
無防備で、警戒しない人たち。
誰もが、無条件で受け入れてくれている現状。
「なぜ。。。私に、そこまで・・・」
感じていた疑問を、彼女は、やっと口にする事が出来た。
教授は、彼女の顔を覗き込む。
「僕たちは、君に借りを返さなくちゃならないからね。
署名活動に尽力してくれた、元人質代表アン・キムさん」
カチンと、ワイングラスを鳴らし、
「再会に乾杯」
そう言って、教授が振り返る。
気付けば、みんなの視線が、彼女に集まっていた。
「変装するなら、徹底的にしなくちゃね」
ワイングラスを掲げて、ナイロビが言った。
「さぁ、夕食にしよう」
教授が、声をあげた。
彼女は、不要になった黒縁の眼鏡をはずしながら、
カフェでの教授の言葉を反芻していた。
「今でもあの事件が正解だったとは思えないんだ。
オスロも、モスクワも死んでしまったからね。
僕は未熟だったし、浅はかだったと思う。
でも、あの方法以外に、手段が思い浮かばないのも事実なんだ。
人生すべての情熱は、あの時に使い果たしたよ。
今、残ったのは、この世界だけだ。
そして、この小さな世界が、僕のすべてだ」
テーブルには、所狭しと料理が並んでいた。
いつの間にか、子供たちも席についていた。
暖炉の火が、ゆらゆらと揺れて、
彼らの小さくて、美しい世界を照らし続ける。
彼らの息吹を確かに感じて、
彼女は、ホッと安堵のため息をついた。
おわり