ペーパーハウスコリアのその後の、

妄想創作になります。

観てない方は、ネタバレになりますので、

ご注意下さい。

観られた方で、興味のある方は、

広い心でお読みください。

 

1.彼女

彼女は、かの地へ降り立ち、空を見上げた。

ヒヤリとした空気に触れて、

そっと長い溜息をつくが、

自分に命じられた任務を思い出し、

慌てて、吐いた息を、

取り戻すように吸い込んだ。

 気を抜いている場合じゃないのだ。

どこかで感じたような緊張感。

黒縁のメガネを押し上げる。

失敗は許されない。

 

そのカフェは街はずれに、そっと存在していた。

誰にも気付かれぬよう、

息をこらしているように感じるのは、

さすがに私の思い込みだろうか・・・

 

統一通貨強奪事件直後の状況から、

事態は大きく変わっていた。

指名手配されていた強奪犯は、今や、

朝鮮半島の救世主のような扱いとなっていた。

被害者であるはずの人質達有志による

署名活動が発端で、

彼らの訴えは、瞬く間に民衆の共感をものにした。

そして、強奪した通貨が人知れず、

あらゆる分野へと寄付されていた事が、

明るみになり、それが決定打となった。

 強奪犯は、朝鮮半島での名誉を回復し、

民衆の多くは、

彼らの帰還を待ち望んでいた。

 

しかし、彼らは、

そんな状況の変化さえも知らないかのように、

息をころし、姿を現さなかった。

寄付のルートでさえ、頑丈に管理され、

追及される事を拒んでいるようだった。

 

 彼らが朝鮮半島の歴史の一部分になり、

伝説のように語り継がれるようになった頃には、

10年の月日が流れようとしていた。

 

アメリカで記者をしていた彼女は、

極東の国で行われた祭りの特集で、

韓国人が映りこんでいるのを、

見逃さなかった。

 穴が開くほど見つめた指名手配犯の写真。

彼女が見間違うはずは無かった。

ダメもとで、インタビューを申し込んだのは、

ほんの1ヶ月前の話だ。

 

「長旅となりますが、それで良ければ是非」

 

その返信に雄叫びをあげたのは、言うまでもない。

強奪事件の資料をスーツケースに詰め込んだ。

 聞きたい事は、山ほどある。

けれど、それ以前に、彼らが生きていますように。

ぺーパーハウスを、命がけで守ってくれた彼らが、

この寒い国で、どうか息づいてくれてますように。

 

彼女は、そっと祈りを込めて、

カフェのドアを開いた。

 

2.カフェ

カランカラン・・・とドアを開くと、

訪問を知らせる乾いた音がした。

一瞬靄がかかったような気がして、目を見開くと、

それは暖炉のあたたかい炎から滲み出る煙だった。

 それらは冷えた体にまとわりつき、

ぬくもりを浸潤させていく。

「ふぅ・・・」緊張がいとも簡単に、

解かれてしまった。

 危うく、脱力しそうになった所で、

奥の方で物音がした。

 

手放した緊張感を何とか手繰り寄せ、

くいっと顔をあげる。

状況は変わったが、

一時は強盗団のリーダーだった男なのだ。

戦闘態勢になるのも、仕方がない。

彼女は、たった一人であり、

ひ弱な女性なのだから。

 

「遠かったでしょう」

警戒という言葉とは、

対極にあるような声音が聞こえた。

「あ・・・・」

「寒いでしょう。暖炉の近くへ。

コーヒーを入れましょう」

 帯のように広がる靄の向こうから、

輪郭が明確になっていく。

優しいほほ笑みと、眼鏡。

 強奪犯という言葉に、最も似合わない雰囲気。

「教授・・・」

彼女は、思わず、そう呼びかけていた。

 

3.教授

 コーヒーカップで、手をあたためて、

そっと一口飲むと、

幸せな気持ちで、満たされるようだった。

 そんな彼女を、教授は、

ほほ笑みながら眺めている。

 

「さて、何の話をしましょうか」

彼女が何度も見た写真の彼より、

シワが増えた分、更に笑顔が深くなり、

優しさが際立つ。

 何故だか、泣ける。

聞きたい事は山ほどあったはずなのに、

何だか、もう、この空気感で十分な気がした。

 それを察したのか、

「まぁ・・急ぐ事もないか・・・。

少し温まって・・・」

・・・と教授が言い終わらない内に、奥のドアが乱暴に開かれた。

 

「また、こんなに沢山送ってきたわよ」

ドスンとカウンターに大きな段ボールを

乱暴にのせて、

ふぅ~とため息をつく。

「そして、言う事は同じよ。

帰ってこい。私が守る・・・・ホント、堅物よね」

 長い髪を後ろでくくり、

教授の元まで近づいて、やっと、

辺鄙な地へやってきた訪問者に気付いた。

 

「あら?」

「アメリカの記者の方だよ」

紹介された彼女は、咄嗟に立ち上がり、

体を折り曲げて挨拶する。

あまりに力強く体を曲げたので、

眼鏡がずり落ちた。

 

「いらっしゃい」

 

体を起こし、女性の顔を見て、

彼女は息をのんだ。

「・・・ソン・ウジンチーム長・・・」

 頭の中で、事件の資料のページをめくる。

強奪事件の指揮をとりながら、

教授との接点があり、

共犯だと一時拘束されていた。

 事件後も、執拗な取り調べを受けていたが、

裁判で無罪。

その後は、警察を退職し、

認知症の母親とひっそりと暮らしていたが、

母の死後、一人娘と日本へ

移住したと聞いていた。

 

その彼女が目の前にいた。

 彼女は、満面の笑顔を浮かべ、

腕を教授のそれに絡めて、

ごく自然に寄り添った。

「もうチーム長じゃないわよ」

と悪戯っぽく笑った。

 

「チャ大尉から?」

そんな彼女を愛おしそうに見下ろして、

教授が、甘く尋ねる。

「そうよ。毎度、同じ事しか言わないんだもの。

帰って来いという割には、

頻繁にココにやってくるクセにね。

朝鮮人たるもの、国に戻ってくるべきだ。

帰って来れるのに帰って来ないのは非国民だ」

 チャ大尉という人物を真似ているのだろうか、

ウジンは、

ピシッと敬礼して、真面目な口ぶりで言う。

「あはははは。彼らしいね。

でも、彼が送ってくる食材やラーメンのお陰で、

ホームシックにもならない」

 教授は箱の中から、

馴染みのある袋ラーメンを掲げて、笑った。

「チャ大尉を知っているかな?」

 彼女は、無意識に首を上下に振っていた。

堅物そうな眼鏡、

強奪犯に敵意をむき出しにしていた。

 彼もまた事件後、警察を止めて、

事業を始めていたはずだ。

 

「彼はね。僕たちの寄付事業を

一手に引き受けてくれたんだよ」

教授は、トップシークレットでも

なんでも無いかのように、

教えてくれた。

「不思議だよね。あの時は、

間違いなく僕を憎んでいたのにね」

「私もね」

教授の腕の中にすっぽりと収まっているウジンが、見上げて言った。

「僕は、君を敵だと思った事はないよ。

君に恋焦がれていただけだよ」

 

この、どこまでも甘い空気を

どうしてやろうかと考えていると、

カランカランとドアが開いた。

 冷たい風が入り、甘い空気は一掃された。

「寒い・・・・」

ジャンバーのフードを深く被った小さな訪問者は、

赤くなった顔を上げて言った。

「だあれ?」

 

②に続く・・・・