ロレンツォ こぼれ話 | ROUTE8787 サンサクキロク

ROUTE8787 サンサクキロク

好きなものを好きなだけ。
韓ドラ狂騒キロク
映画と音楽とドラマがあればいい

注)全く、海外ドラマと関連はありません。
  全くの、私の自己満足な日記です。ご容赦下さい。


ロレンツォといえば・・・

私は、もう一つ、ひどく感動した覚えがある。

 ずっと昔に、まだ十代の頃だったかな。

寺山修二著の「ポケットに名言を」という小説を、
古本屋で見付け、読んだ。
 寺山修二が出会った名言を、彼独特の奔放さで並べ、
1冊の本にしたものだが。

 奔放とだけあって、様々な言葉が、あちらこちらから集められているのだが。

その中で、
「ゴンドラの唄」なるものを見付けた。

命短かし     恋せよ乙女
赤きくちびる   あせぬまに
熱き血潮の   冷えぬまに
明日の月日は  ないものを

 (吉井 勇 詞)

よく聞くフレーズで、有名だが、
テンポの良さや、言葉の美しさはもちろんのこと、
青春真っ只中の乙女の昂ぶる心や、そのパワーを感じることが出来る。

 そういうことで、心に残っていた詩の一つなんですが。

 イタリアにハマり、ロレンツォにハマッた頃。
ロレンツォ自身が、詩を書いていたということを知り、
その中の1作品は、今でも暗唱したりするなど、イタリアでは、有名な歌となっている事を知る。


それが、こちら。

「バッカスの勝利」

青春はうるわし
されど逃れゆく
楽しみてあれ
明日は定めなきゆえ


 メディチ家のトップとして君臨し、
あらゆる暗殺などの危険性があったロレンツォが、
人生は、短く、どうなるか分からない・・・的な詩を書き上げたのかも知れない。
謝肉祭の歌とも呼ばれ、謝肉祭などドンちゃん騒ぎの時には、
必ず歌われていたらしい。

 この時、私は、何も気付かなかったが、
後に、塩野七生様の著書で、
このロレンツォ作の詩をモチーフに、作られたのが、
前述の「ゴンドラの唄」である・・という記述を見付け、
 
この劇的な出会いに、衝撃を受けたのである。

ちなみに、塩野七生様の訳になると。


青春とは なんと美しいものか
とはいえ 見る間に過ぎ去ってしまう
愉しみたい者は さあすぐに
たしかな明日は ないのだから


 塩野様は、吉井様作の「ゴンドラの唄」は、
完全なるロレンツォの詩の、日本語訳であると言っている。

 ロレンツォのこの詩は、イタリア中で大流行したらしいが、
ヴェネツアではもっとも長く、この詩が、謝肉祭などで、歌われていたらしい。
 日本人の誰かが、その時、この詩を知り、
吉井様の耳に入り、
日本語へと訳したのなら・・・。

 表題の「ゴンドラの唄」というタイトルになったのも、頷けるではないか。

なんというロマンだろうか。
ルネサンス花咲く頃に、ロレンツォ・デ・メディチによって作られた詩が、
時代を超え、海を渡り、
日本という世界で、広がっている。
 携帯も、電話も、そんなものが存在しない時代にである。

何とも、心が震える話ではないだろうか。


 吉井様の「ゴンドラの唄」が、日本語訳なのか、
モチーフにしただけなのか、
もしかしたら、「自作だ」と吉井様は反論するかも知れないが。

 吉井様の「ゴンドラの唄」の詩は、すばらしく、
ロレンツォの詩を、日本語に訳したとするならば。
 
これ以上にない、素晴らしい日本語訳ではないかと、私は思うのだ。


ちなみに、作曲家ベルディ(イタリア)の「乾杯の歌」も、
ロレンツォの詩をモチーフにしているらしい。
(椿姫より)

この世の命は短かく 空しく過ぎてしまう
またと帰らぬ日のために盃を上げよ
青春の日は短く 人の世の命ははかない夢とすぎてゆくよ
  



 モチーフというか、影響を受けているようには、感じるが。

 ともあれ、偉大なるロレンツォの歌が、
こんな風に、今の世に繋がっているのも、歴史の面白さだなーと思う。

 にほんブログ村 テレビブログ 海外ドラマへ
にほんブログ村

 こんな詩を、「ダ・ヴィンチと禁断の謎」のロレンツォが
書きそうにないでしょ・・・・。
 ああ、それが、残念。