あれはきっと独占欲だと思う。

違っても、そう名付ける。

クールで周りから様づけで呼ばれてて掴めそうにないあの子の、少しだけ可愛いところを知っているから、独占欲が湧いたんだと思う。

それだけ。

他は何もないし、求めてないし、求めたところで手に入らない。





火曜に隔週の診察へ行った。

ルボックスを断薬して離脱症状に苦しんでいたのと、毎晩の悪夢がストレスになること、兄のことを話した。

悪夢というのは、現実と区別がつけられないほどのリアルな夢で、感触や温度、痛みまで生々しく残る、金縛りに似たもののこと。

起きた後に考察して、内容から現実でなく夢であると判断してる。

先生に何度も「それは本当に夢?本当に、今まで何もなかった?」と聞かれた。

「ないです。絶対に夢です。」と言い切った。

絶対に夢。

内容はどうあれ、感触が生々しくなって現実と区別が出来なくなったのはきっとハルシオンを飲みだしてからだから、長い間お世話になったハルをやめてみることになった。

今度は短期型でなく中期型の睡眠導入剤。

昨日1日試しただけだからまだ何とも言えないかな。

悪夢はなかったけど、滑り落ちるような睡魔もなかったな。


兄について話したのは、最近、兄のイタズラに第三者を巻き込んでしまったことがあって、その件で私が怒って、口をきかなくなって、同じ空間に居合わせることもしなくなってしまったから。

兄のイタズラは手が込んでるから、私だけがひっかかる分には笑い話で終わる。

だけど、私はイタズラをイタズラだと疑わず、第三者に迷惑をかけてしまった。

この件に関して悪いのは私であって、兄ではない。

兄を疑わなかった私が100パーセント悪い。

私は兄のイタズラを責めてしまった。

後から冷静になれば、騙されるのは私だけで済むはずだったから、悪いことをしたと思ってる。

気まずいからどうにかしたいけど、来週母が来るまでこのままでいいとも思う。

面倒だから。

この件から先生に、兄についてどんな人か聞かれたからスペックや感じを話したけど、思った通り、アスペルガーっぽいねって言われた。

だからって何かが変わるわけじゃない(兄は兄だ)。

前に私がADHDだって言われたときに、私もその可能性を考えた。

多分、亡くなった祖父が何か発達障害だったんだと思う。

祖父は専門分野には秀でていて、受勲までしてるけど、そこから離れて見ると、きっとそうだったんだと思い当たることが多い。

今さら、発達障害ということにマイナスのイメージはない。

プラスでもないけど、まぁ有りでしょうって思う。

かなり軽度だし、生きづらくはあっても、無しではない。

完全な人間なんていないし。

精神病だって、病寄りか健康寄りかで曖昧になる部分があって、グラデーションになってるんでしょ。

そのグラデがかった部分にいて、でも気づいてない人なんてたくさんいる。

そういうもんだよね。

私は、そういうグラデーション部分にいる人間だと思う。

たまたま気づいたけど、留年もせずに普通に道を辿ってたら、そんな気はしても確かめずに知らないふりしてたと思う。




よく兄が私に、
「(病名がついたとして、)だからって何かが変わるわけじゃないじゃない。そういう名前で呼ばれるかもしれないけど、(その特徴は)そのままなんだから。何でもグループわけすればいいってもんじゃない。あぁはい、そうですか、で終わりでしょ?そんなものに意味はない。」
って言ってたんだけど、兄の真意がようやく分かった。

ということは、兄は自分が少し違うことを知っているのかもしれない。

そうか。

そうかもしれない。

書いてて気づいた。
違和感。

そんなはずないって信じられない気持ちもある。



2年前に自動車学校で出会って、1週間だけ一緒に過ごした、「あの子」。

ふられてしまったけど、たまーに連絡とったりしてた。

数ヶ月前に始めたFacebookでも繋がって。

なぜだか、気になって仕方がない。

あの子に女の子の友達が増える度に嫌な気持ちになる。

嫉妬?

何この気持ち。

消えたはず。

消したはず。

私の心の中には他の人達がいるはず。

アップされるあの子の写真を見るからこんな気持ちになるのかな。

でも、他の人にはこんな気持ちにならない。

毎週末、彼氏が色んな女の子のアルバムにタグづけされても、何も思わないのに。


なんで、あの子。

この気持ちはなんでもない。

気持ちですらない。

ただの違和感。

少ししたら消えてくれる。

絶対そう。

じゃないと嫌。

長期的に私の心にいていい人じゃない。

だからここでも敢えて名前をつけなかった。

あの子のまま。

あの子は遠くにいる。

物理的距離じゃなくて。



違和感。

抑えたい。

勘違い。
一昨日だったかな?

足の指の付け根から、知らない間に出血してた。

結構な量と深さで、気付かなかった自分に驚いたんだけど、脚や机や様々なところに赤がべったりとついてた。

凝視してしまった。

懐かしいと思ってしまった。

自傷が治まって早1年半ほど。

衝動にかられることすら、最近ではなくなっていた。

なんだろう。。

他人の血は本当に全く、頼まれても見たいと思わないし、生理的に無理なのだ。

けど、それが自分のものであると話が変わってくる。

早い話、久しぶりに衝動がきている。

「きている」というのは、この2日間理性で抑えているという意味だ。

何度も何度も腕の傷跡を見る。

あのときの感覚を思い出す。

痛くはない。

脳がしびれる。

圧からの解放。

自分に罰を与えて少し落ちつくことができる。

忘れていたものが呼び起こされてしまった感がある。

不思議だ。

レーザー治療に数百万ほどかけてもらって、それでも傷はなくならない。

自傷時の非にならないほどの痛みをかけても、未だ腕には無数の線が入っていて、薄くなった部分はシワのように見える。

もう絶対にしないと誓っているから、本当に本当にしたくない。

しない。

けど、したい。

愚かだ。


この傷さえなければ私はまだ夢を追えていたのに、と思うのに。

もしかしたら、どんな形であれその夢は叶えられていたかもしれないのに。

けど、傷をつけなければ自分をもっと許せなかっただろうし、傷があるから今普通に生活していられるのも事実。

こういう生き方をしている自分は、すごく己に忠実だとも思う。


腕も切らずに、やましいこともなく、しかも真っ直ぐに人生を歩いている人達に、何をどうすればそうなれるのか、聞きたい。