十五夜お月さん ごきげんさん・・・

この歌が好きで満月の晩にはなんとなく口ずさみます。メロディーはとても美しいのですけれど、歌詞はとても悲しい歌です。亡くなった母を思い、もう一度会いたい・・と歌っています。

この曲に悲しい記憶がつきました。

ねえさんと一ヶ月違いで入院して急性リンパ白血病と闘った少女が亡くなりました。満月の美しかった夜が明けてまもなく。知らせを受けて駆けつけた時、柩に横たわった少女は静かに眠っていました。

骨髄移植を受けて二週間。激しいGVHD(ざっくりいうと拒否反応のことです)に苦しみ、今が山だからこれを越えればあとは元気になるだけだからと、おかあさんとメールをやり取りしながら励ましあい、さてそろそろ元気になった頃だろうか、今度はなにをおみやげに持っていこうか、と考えていた矢先の訃報でした。


医療の限界

小児がんは研究が進み、40年前は「不治の病」であったものが今や80%は完治する、「治る病気」になりました。けれども、80%の残り20%はどうしても助けられなかった命がある、ということでもあります。この病気を宣告されたとき、いったんは絶望の淵に立たされ、けれども治療が進むにつれて希望がふくらんで、ついには「きっと元気になる、5年後にはもうなんの不安もなく生活できるようになる」と信じているのです。だれも、自分や自分の子が「20%」の中には決して入らない、と信じている。

でも、現実には同時期に入院していた子供たちの中ですでに知っているだけで6人が亡くなりました。自分の知っている子供が6人も亡くなるなんて、想像できますか?これはとても大きな数字です。

これが医療の限界なのです。それは誰にでも起こりうること。そのことを、誰かがなくなるたびに目の前に突きつけられているような気がします。

5年後、10年後なんて望まない。でも、1年後のことは考えてもいいですか?その1年、1年が気がついたときに5年後、10年後になっているかもしれない。

「大阪人はナ、どんなことでもネタにすんねん」なんてうそぶいているけれど、ウソです。本当はすごく怖いのです。



満月に引き寄せられるようにして旅立った少女は秋晴れの空に煙になって帰って行きました。