たんたん評論「規範を詠わない」

 

 

 未来短歌会様のウェブサイトを毎月楽しみに眺めている。2023年12月号の時評は嶋稟太郎さんが「規範の正体」というタイトルで書かれていた。ブログ主はそれを読んで些か思うところがあった。そこで、誠に勝手ながら、ほんの少しだけ引用することをお許し願いたい。

 

 さて、規範とは一般に「法規範」や「社会規範」等と使われている用語で、「道徳」や「倫理」が規範の一種らしい。もちろん、民族や宗教が異なれば、あるいは時代が変われば、そうした規範たちは姿形を変えざるを得ない。

 

 我が日本国においても人事好きの現総理が「社会全体で」なんたらと述べる内容は凡そ、この規範に基づいて広く国民全般に周知徹底したいお題目なのだろう。ちなみに、この前置きが付く政策は文字通り、「社会主義」あるいは「全体主義」の亜流の匂いがする。

 

 

 それはさておき、現代短歌の世界においても、最新の倫理道徳すなわちSDGsやLGBT等に係る社会運動や理解増進を詠う者が居る。ただし、そうした有り様は「手紙を送る」というよりも「一般社会に訴える」と言った方が正確だろう。

 

 もちろん、当事者にしてみれば、切実な思いが背景に在るに違いない。なお、そうした詠いぶりは、ご高齢の短歌愛好家が身の周りの花鳥風月を愛でるような陳腐なそれよりも確実に、世間の耳目を集め易いといった利点から、選ばれている可能性もあろう。

 

 ただし、ブログ主はそうした倫理道徳等の規範を決して詠わない。規範を詠った瞬間に、それは恐らく「短歌」ではなく、「標語/スローガン」に分類されるだろう。

 

 

 ところで、今回取り上げた時評は「うたわない女はいない」と題する書籍を採り上げており、そこに次のような一文があったという。

 

<本当は「働い」ていてもいなくても、生きているだけで「社会参加」している、という事実がちゃんと理解されるような世界になってほしいと思っている。

橋爪志保「大丈夫なアルバイター」>

 

 

 昭和の昔には普通に、専業なぞという形容無しに「主婦」という分類があって、働かなくても地域社会にきちんと参加していた。そうした古き良き世界を捨て去って、男女ともに「労働しなければ人でなし」と言わんばかりの近年の規範には、ブログ主は同意しかねる。

 

 ちなみに、ブログ主は橋爪志保さんの想いを既に歌に詠んでいる。

 

職無くて「お休みですか?」と問われるも休んで生きてる者なぞいない

(歌集「君はパパの子」17ページ)

 

 

 ただし、ブログ主は橋爪さんのように「世界になってほしい」とは思わない。他人様はさておき、ブログ主はただ「休んで生きてる者なぞいない」と信じるのみだ。

 

 

 それにつけても、短歌は難しい。それでも、短歌は明るく楽しく、そして、素晴らしいものだ。

 

クローバー