たんたん評論「瀬戸夏子『はつなつみずうみ分光器』」

 

 

 同書はアンソロジーである。言い換えると、著者の歌集ではない。つまり、瀬戸夏子(1985-)は2000年以降に発行された歌集の中から五十五冊を選んで同書に載せたのだ。

 

 それにしても不思議なタイトルである。これが短歌の歌集のアンソロジーに付けられた名前と想像できる人は居ないだろう。ところが、「まえがき」に次のように書かれている。

 

「(前略)タイトルは「現代短歌ブックガイド」ではなく「現代短歌クロニクル」となった(後略)」

 

 

 ちなみに、「クロニクル」とは「年代記/編年史」といった意味らしい。

 

 また、「あとがき」を読んでも、「はつなつ」といった言葉は何処にも登場しない。確かに、同書の正式な名称としては、「はつなつみずうみ分光器 after 2000 現代短歌クロニクル」とある。

 

 とすると、先に「現代短歌クロニクル」という文芸分類上の建て付けがあって、その後に「はつなつ」といった書籍販売戦略上のタイトルが付けられたのだろう。そこで、このタイトルの意図をブログ主が勝手に推測してみよう。

 

 

 まず、「はつなつ」は初夏を意味するだろう。この「はつ」は「初」であり、編者著者の瀬戸がアンソロジーを「初めて」編んだことを意味しているに違いない。また、「なつ」は、著者の名前の「夏子」から採って来ただろう。

 

 次に、「みずうみ」については、著者の苗字である「瀬戸」から、同じ漢字を書く瀬戸内海を思い付き、それは海ながら大きな湖にも見做せることから、「みずうみ」を連想したように思われる。あるいは、瑞々しい海だろうか。

 

 

 さて、最も難しいのが「分光器」である。これを素直に解釈すれば、短歌業界において光り輝く才能を持つ歌人たちの歌集を採り上げて、そうした才能を光に擬えるように測定し、分析することを行ったのであろう。

 

 ただし、それは著者が様々な歌集を読んだ後に記した「文」章であり、「後記」であるかもしれない。または、「文庫」といった手軽さで、そして、主に短歌初心者を念頭に置いた読者の気分が「うきうき」するように出版しようと考えたかもしれない。

 

 あるいは、学校組織に擬えると、歌集自体を本校とすれば、アンソロジーは「分校」のような立場かもしれず、そうしたものを著した「記」すなわち文章だろうか。

 

 

 タイトルの話はこれくらいにして、中身について触れよう。

 

 ブログ主に言わせれば、同書は近年に編まれたものの中で最も素晴らしいアンソロジーである。ただし、ブログ主がこれを高く評価する最大かつ唯一の理由は、枡野浩一(1968-)と佐藤真由美(1973-)の二人を採り上げているからだ。

 

 ちなみに、佐藤はうちの奥さんよりずっと後輩だが、同じ大学・学科のOGらしい。この事実一つだけでも、彼女の知性や言語を操る文芸の才能があふれんばかりであることは疑いようも無い(笑)。

 

 

 さて、大変残念なことに、短歌紙誌において現代の短歌史を概観する際に、枡野や佐藤の存在を無視することが多い。それは恐らく、彼/彼女が短歌業界の外部に居て、業界を無視して活躍したことを快く思っていないからだろう。

 

 他方で、同じく才能を持つ穂村弘(1962-)が登場した際には、その詠いぶりを批判した者も居た。ただし、彼は誰にも師事しなかったものの短歌業界の内部に居り、業界全体のために長年活動したことで現在の地位を得たのだろう。

 

 

 しかしながら、現在の短歌業界において枡野や佐藤の持つ芸術的発想力に匹敵する者は、俵万智(1962-)を除いて一人も居ないだろう。そうした現実を見て見ぬ振りをして二人の存在を短歌史から消そうとしても、自分たちへの評価が高まる訳では無い。

 

 世間から忘れ去られた短歌を盛り上げるためには、いつまでも狭い井戸の中で揉めていてはいけない。例えば、最近のNHK短歌テキストにおいて穂村と枡野の対談が組まれたように、才能を持つ者たちが集まって手を取り合えば、明るい未来が待っているだろう。

 

 

 ただし、その際に注意すべき点は、盛り上げる対象は短歌業界ではなく、短歌という短詩型文芸そのものであることだ。短歌は個人や組織の利益のために存在するのではない。それは作者と読者が芸術を味わい、抒情と感動を分かち合うために交す手紙である。

 

 なお、ブログ主は短歌初心よりもベテランの歌人こそがこのアンソロジーを読むべきと考える。そして、枡野と佐藤が今世紀の初頭に短歌界に記したランドマークを、平明な現代語で簡単な内容を詠いながら感嘆されるような芸術的発想力を再認識することを期待する。

 

 

 それにつけても、短歌は難しい。それでも、短歌は明るく楽しく、そして、素晴らしいものだ。

 

クローバー