ある年の春の練習試合
チームはその日ボロ負けをした
ずっとベンチにいた君はどこか冷めた目で試合を眺めていた
試合に集中してなかったわけではない
応援の声を出していなかったわけでもない
6年生がたくさんいる中、同じ5年生の何人かは試合に出てるけど
自分が試合に出て自分のプレイのせいで負けたわけじゃないし…
試合に出ている5年生にも、6年生にだって自分が負けているとは思わないけど
俺が俺がってタイプでもないし6年生になったら出してもらえるだろうから…
そんなところか
その日、家に帰って玄関に入ろうとすると声が聞こえてきた
『今日は終わりか?』
『今日の試合、ボロ負けでもお前は監督に使ってさえももらえなかったんだろ?』
『家に上がる前にできることあるんじゃねえのか?』
仕方なしに君はいつもの素振りの場所に向かった
30分、日課の回数を終え、玄関の前で来るとまた声が聞こえた
『試合に負けたのにいつもと同じ回数か?』
『それじゃ次の試合、また同じでいいんだな?』
また戻りさらに30分、終わったときは外は真っ暗になっていた
黙々と一人でバットを振りながら君は何を考えていただろう?
次の日の試合
やはりこの日も君はベンチスタートだった
この日も試合は劣勢
でも昨日に比べると君の試合に勝ちたいという気持ちが少しだけ強くなっていた気がする
試合に出ている選手に元気がないと、君はその選手に向かって『元気出せよ!』と叫んでいた
6年生に向かって叫ぶのは少し気が引けるのか最初は遠慮がちだったたけど一度叫ぶと吹っ切れたようにその後は試合中ずっと叫んでいた
結局、この日も試合は負け。
でも昨日とは違い試合終了の時の君の顔に悔しそうな表情が見えた
それが試合に負けた悔しさなのか試合に出られなかった悔しさなのかは君にしかわからない
でも初めてかもしれない 試合が終わって君の声が枯れていたのは
家につき玄関の前に鞄を置くと君は何も言わずバットだけを持って
またいつもの素振りの場所に戻って行った
3か月後
君は試合にスタメンで出場していた
ポジションはそれまで何人かが交代で守るも定着出来ずにいて君に代わる直前にはキャプテンが
守っていたキャッチャーというポジション
少年野球で6年生が大勢いるチームで5年生がキャッチャーを務めるのは珍しいと思う
6年生に対しても遠慮せず指示が出せるようになっていた君はその後6年生が卒業するまでそのポジションを守り続け、打順ではクリーンナップの一角を任されるようになった
決して強いチームではなかったが
それでも特別身体能力が優れているわけではない君が5年生の最後に守ったキャッチャーは、チームから与えられたポジションではなく、それまでに守った何人ものチームメイトの中から君が勝ち取ったポジションだと思う

