セルジョ・カンパイッラ先生の小説の段でで少しふれたカルロ・ミケルシュテッテルについてもう少し語りたいと思います。というのも昨日10月17日は彼の死後100周年で、今生誕の地トリエステでは彼の展覧会が開かれているらしい。哲学者で作家で詩人であった彼は画家でもあり、250点の作品が展示されているらしい。これの監修もカンパイッラ先生。お忙しそうですね。今季は授業もってないのかなあ。
ミケルシュテッテルが哲学者だ作家だという前に論文の口頭試問を控えた学生だった。母親との口論の後、23歳の若さでピストル自殺をした彼が、このように持ち上げられ今だに研究の書が絶えないのはどういうわけか。二十歳にしてベネデット・クローチェに「ショーペンハウアーの翻訳はぼくがやるから手を出さないで」と手紙を書いたり、ロシア人アナーキスト、ナディアと恋に落ちたりという華々しい逸話が伝説化しているだけというのではなさそうだ。
一つは彼が東欧の地に生まれたユダヤ系哲学者であるということ。東欧は哲学的な土壌であるとうべきか、ショーペンハウアーはもとより、ウィットゲンシュタインもニーチェもジグムンド・フロイドもみんな東欧を通過しているわけで、その線上でミケルシュテッテルも語られるわけですね。続いて離散した第二次大戦前のユダヤ人芸術家という側面も非常に興味深い。論文のテーマはアリストテレスとプラトンの修辞学につての概念だったそうです。






