今年のベルリン映画祭で金熊賞を獲得したタヴィアーニ兄弟のCesare deve morire(シーザーは死ななければならない)を鑑賞しました。ドイツメディアには、映画祭で巨匠に金賞を与えるのはどうかといういわれなき批判も受けましたが、これは面白い、久しぶりにしっかりしたイタリア映画を見た!って感じでした。ローマの地下鉄B線のはしっこにレビッビアの刑務所があるのです。野球グラウンドに通うためこの刑務所の前を通るたびに、この中を見てみたいと思っていたのです。この映画の舞台はレビッビアの刑務所の中で、服役中の囚人たちがシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を上演する。その俳優になる囚人の面接から練習、上演までの各場面をただただカメラがとっていくフィクション・ドキュメンタリーです。囚人たちの迫真の演技(の演技)が進むに連れて、刑務所という舞台(の中の舞台)を異質な何かに変えてしまうような、凄みのある映画でした。でもだいたい最初の20分くらいは寝てました。

風刺漫画に見るベルルスコーニ時代の終わり


という文章をドーナッツクラブのブログに載せました。ブログでブログを紹介するというのも不毛ですが、昨年の11月から年始にかけて、イタリアの政権交代という本当に激動の時代を生で感じることができたと満足しております。現代史の教科書にEtà berlusconianaなんつって書かれる日が来るんでしょうね。


 3月中旬から末にかけて東京の下高井戸シネマでシルヴァーノ・アゴスティ監督のレイトーショーが開催されます。東京方面の方は是非。彼の作品はときに観る人を選ぶほどどぎついです。上映ラインナップの中でいちばん好きなのは激しくヴァチカンを批判した「天の高みへ」でしょうか。もうすぐ日本で公開されるだろうナンニ・モレッティの「アベームス・パーパム」(こちらはやんわりヴァチカンを批判している)と合わせて観るのもよろしいかと。

 ところで、こないだ彼の映画館に行ったとき、新作ドキュメンタリーができたということで、さっそくいただきました。タイトルはIl Trionfo del vuotoで空白の勝利という意味です。これはあるテレビ放送局に製作を依頼されてつくったファシズム建築についてのドキュメンタリーです。アゴスティ氏曰く「撮影をしながら、ファシズム建築は空間を取り囲むのではなく、空白を取り囲んでいることに気づいた。こうして私はファシズムが何も生み出さなかったことを改めて確信したのだ」。彼らしい一義的な意見だなと思いました。実はこの意見にはぼく自身は結構反対で、ローマ大学の校舎、EURの町並み、カプリ島のマラパルテ邸などなど、ファシズム建築って今見てみると独特で非常に興味深いと思っています。無機質な壁に汚れがついている感じなど、なかなかわびさびを感じるな、と。そんなわけで気になっていたIl trionfo del vuotoでしたが、家に帰って再生してみると、見れませんでした。作品データが入っているDVDが安物すぎて読み込めなかったようです。ちゃんとパッケージの中に入っていたのに…これもアゴスティさんらしい手作り感のなせるわざ。この作品もいつかまとめて日本で公開してほしいです。

 字幕付けで手伝ったドキュメンタリー映画「誰も知らない基地のこと」が4月から東京のイメージフォーラムで公開されるそうです。ぼくが手伝った字幕付けというのは、日本語からイタリア語にする作業においてなので、公開される日本版にはノータッチです。だからたくさん観客が来たとしても、金銭的な利益はまったく受けないのですが、それでも東京方面の人には是非観にいっていただきたい。日本公開までの紆余曲折を考えると是非観にいっていただきたい。
 この仕事を手伝っていていちばん面白かったのが、監督のイタリア人たちが沖縄の人たちを見る視点っでした。コロニアリズムとは言わないけれど、日本人の視点とは大いに違っていて、そこらへんがこの映画の見所かと思います。
 コロニアリズムに関して一つ裏話をすると、編集時に、普天間の幼稚園で先生と園児たちが教室で遊んでいるシーンがありました。先生が絵を見せながら「これは何かな?」と尋ねると、園児たちが「いぬー!」だとか「ねこー!」だとか答えるというシーン。そこで先生が「これはペリカンさん、ペリカンさん」と言うシーンに監督二人がものすごく興味を示していて、「彼女は何と言っているんだ?」とぼくんび詰め寄ってきました。なんと「ペリカンさん、ペリカンさん」を、音だけ聞いて「アメリカ、アメリカ」と先生が何かしらアメリカに対して否定的なことを園児たちに教え込んでいるシーンだと勘違いしていたのです。ぼくがアメリカではなくてペリカンである旨を伝えると、たいそうがっかりして、「じゃあこのシーンは使えないね」という結論に達しました。が、いざ出来上がった作品を通して見てみると、一瞬だけですが「ペリカン」シーンも挿入されていました。明らかに事実を都合のいいように歪曲し、日本語がわからない観客を前提にして挿入したんですね。日本版ではカットされているのでしょうか。でもそういった部分も含めて彼らの視点を味わってほしいな、と切にそう願うわけです。