去る1月15日、テレビ番組『Anno zero』(0年の意)で、ちょっとした事件が起きた。その日の『Anno zero』の特集は「イスラエル人のガザ地区侵攻について」で、ユダヤ人グループの若者(イスラエル派)、アラブ人グループの若者(パレスチナ派)に分かれ討論を交わすというもの。パレスチナ人の悲惨な被害状況をまとめたVTRが流れた後で、耐えかねたゲストのルチア・アヌンツィアータ(Lucia Annunziata)が、「この番組はパレスチナびいき過ぎる」とやんわり批判したところ、司会者のミケーレ・サントーロ(Michele Santoro)はそれに取り合う様子もみせず、まだ話している途中のアヌンツィアータを遮ってしまった。その直後、ピンマイクを外しアヌンツィアータはスタジオを後にする。サントーロとアヌンツィアータは、いずれもイタリアのテレビで活躍する大物司会者で政治ジャーナリスト。アヌンツィアータは左派の人間でありながら、RAIの会長にも就任し、2006年、自身が司会を務める『Mezz’ora』(半時間)で、ゲストのベルルスコーニを怒らせて帰らせてしまったという過去を持っている。そして今自分がゲストとなって怒って帰ってしまった。サントーロはホストとして態度に問題があった、この手の番組は討論というよりは見世物、低レベルな言い争いでしかない、など大きな批判の声を引き起こしている。
二人のケンカでうやむやになってしまった討論のテーマを考え直して見よう。イスラエルとパレスチナ、非があるのはどっち? 答えは簡単で、どちらにも非がある。それぞれがそれぞれの理屈で相手を攻撃した。それが何度も繰り返されている。そしてそれを後ろ盾しているアメリカを始めとする各国にも非がある。だから『Anno zero』のVTRで流れたように、今回の戦争で多くの犠牲者を出してしまったことは、全世界の責任と言える。でも現在直接的に暴力を振るっているイスラエルが悪者に見えるわけで、世間のメディアは大方サントーロと同じ傾向にあるのだ。最近イタリアで公開された映画の中で、イスラエルをテーマにしたものが二つある。『Il giardino di limoni』(レモンの庭)と『Valzer con Bashir』(バシールとワルツ)がそれだ。
『Il giardino di limoni』はレモン畑を営むパレスチナ人の中年女性サルマの物語である。ある日、国境付近に住む彼女の近隣に、イスラエルの防衛庁長官が引っ越してくる。安全性を確保するという理由から、レモン畑をまるごと伐採しようと企む長官と、それに対して訴訟するサルマ。同世代である、長官の妻に奇妙なシンパシーを抱きながら、独りで生きるサルマの孤独と強さが描かれている。噛み砕いて見てみると、レモン畑をなくそうとするイスラエルの長官は悪者なわけで、それだけがテーマではないにせよ、作品はイスラエル軍事への批判というトーンを保っている。
いっぽう、イタリアの大ヒット映画『Gomorra』を蹴落としてゴールデン・グローブ賞を受賞した『Varzer con Bashir』では、レバノン内戦がテーマとなっており、よりはっきりとイスラエルの問題を世に問う形をとっている。レバノン内戦とは、イスラエルの北に位置するレバノンが舞台となった、多数の民族、宗派を巻き込む戦争である。イスラム圏でありながら、多くのキリスト教徒を抱えていたレバノンに、パレスチナ人が難民として大量に流入。レバノン国内ではイスラム教徒の増加によって均衡が崩れ、パレスチナ解放機構が大きな力を持つようになる。この状況はキリスト教徒とイスラム教徒の対立関係を生むと共に、イスラエルの闘争心を煽った。1975年、一触即発の中、パレスチナ側の兵士が集会中のキリスト教徒を発砲し、内戦が勃発する。さらには近隣諸国と多国籍軍も介入する事態へと発展するのであった。映画のタイトルでもあるバシールとは、当時レバノンで英雄視されていた、親イスラエルの指導者バシール・ジェマイエルのことである。彼もまた親イスラエル政権の樹立目前で暗殺されてしまうこの戦争の犠牲者だ。そして映画の主人公はレバノン戦争に参加していたイスラエル人。従軍から長い年月が経ったある日、突如として当時の体験が夢の中でフラッシュバックする。次々と連鎖的に蘇る忌まわしい体験と、その真相にたどり着くため、主人公は当時の戦友のもとを訪ね歩く。そしてもっとも残酷な大虐殺の日が頭の中に蘇るのだった…。アニメーションという変わった手法で、淡々と進むストーリーと、内容の残酷さの対比がおもしろく、ラストシーンにも圧巻させられる。
留意すべきことは、両作品の監督がイスラエル人だということ。自国の政府を批判し、それを世界に知らしめているイスラエル知識人もいる。それでも倒れることなく、堅固な態度と強い力を保持し続けるイスラエル政府のその奥には何があるのだろうか。戦争被害者やミラノやボローニャの広場にイスラム教徒が集まり祈りを捧げる図を見ると居たたまれない気持ちにもなる。だからといってテレビ番組でイスラエルが悪いと口争いをするのではなく、さらなる深い部分で問題を捉えなければならない。(代助)



