12月8日の聖母マリア無原罪の宿りの祝日を過ぎ、いよいよクリスマスシーズン真っ盛りです。スーパーには四角い箱に入ったパネットーネやパンドーロがピラミッドさながらにそびえたち、お菓子屋さんではいつものお菓子たちが金色赤色のリボンできれいにおめかしされてショーウインドウに並んでいます。イントラモエニアもクリスマス旋風に便乗して、今週はみなさんにクリスマスにちなんだ短編訳をお届けします。ご紹介するのは「モーレの下のクリスマス」(NATALE SOTTO LA MOLE; Novara 2008 interlinea srl edizioni )という、トリノで活躍する作家10人による短編集からの一作です。題にある「モーレ」とは、イタリアユーロの2セントコインの絵にもなっているトリノのシンボル、モーレ・アントネッリの塔の愛称です。
現在トリノで作家活動を行うローマ生まれのアンドレア・バイャーニ著「サンタさんが死んじゃった」は、幼子イエスへ手紙を書くある少年を取り上げたお話です。さぁ、いったいどんな手紙を書いたのでしょうか。
「サンタさんが死んじゃった」
大好きなイエス君、ぼくが手紙を書くことにしたのは、同い年同士のほうがずっとよく分かってくれるからだよ。これはママの口癖。現に、大事な話になると決まってママは言うんだ。ママとパパは二人で話をしないといけないから、近所の子と遊んできなさいってね。そのほうがうまく話ができるんだって。ぼくをよく分かってくれるのは近所の友達で、ママをよく分かってくれるのはパパ。あ、でもね、言っておかなくちゃ。ぼくよりちょっと年上だけど、パパはぼくのこともちゃんとよく分かってくれるんだよ。ママの考えはちょっとむちゃくちゃだけど、ぼくはママにそんなこと言ったりしない。きっとこれが年の差なんだね。だからここはママの言うことを信じて、大好きなイエス君、この年齢の話があって、イエス君に手紙を書いてるところなんだ。だってぼくらはだいたい同じぐらいだもんね。でも、ぼくが思うに、ぼくら2人の家は近くないし、このあたりで会ったこともない。ぼくはボール遊びをしていて、この辺の子をみんな知ってるけど、誰もイエス君の事は知らないんだよ。いろんな子に聞いてみたけど、みんなキョトンとして、すぐにまたボール遊びに戻っちゃうんだ。こう書いたけど、イエス君がこの辺の子じゃないって決め付けたわけじゃなくて、ただ、この辺に住んでるんなら、とってもおとなしいなって。でもだからって、自分はみんなと違うんだなんて思わないでね。ママが、ぼくと同じじゃないからって、他の人に自分は違ってるんだって思わせちゃいけないって言ってたよ。ボール遊びをしなくたって、この辺で会ったことがなくたって、きっとそれはイエス君がものすごく人見知りでおとなしいだけで、そんなことでみんな嫌な顔をしたりしないからね。自分は違ってるんだって思う人は、一生それが心の傷になるってママが言ってたんだ。でもでも、ともかく、大好きなイエス君、言いたいのはこんなことじゃなかったんだよ。話がそれちゃった。いつもみんなに、AからBへたどり着くのに、ほかのアルファベート全部をぐるっとまわってからじゃなきゃできないのかって言われるけど、そんなこと、実はこれっぽっちも気にしていないんだ。
じゃあ、もう一回最初から。ぼくが手紙を書いているのは、同い年のほうがお互いをよく分かり合えるから。あ、もしかして、今までぼくが手紙を書いたことなんてなかったじゃないかって思ってるかな。そう、そうだけど、でもそれにはちゃんと理由があるんだ。大好きなイエス君、近所の友達はほとんどみんな、毎年君に手紙を書いてるよ。クリスマスが近くなると、みんな玄関先に座って、膝の上に大きなノートをのせてペンを持っているんだ。ぼくが何をしてるのって聞くと、みんな、幼な子イエスに手紙を書いてるんだよって言うんだ。クリスマスが来ると、みんな、ああして手紙を書くのに、そのあともう次の年まで、何にも書かない。手紙を書かないどころか、ボール遊びの時に、みんなにイエス君と知り合いなのって聞いても、みんなまるでイエス君の名前さえ聞いたことがないみたいに、キョトンとして、またボール遊びに戻っちゃう。それなのに、クリスマスが来たら、みんなそろって手紙を書くんだ。
人って、何かをするのはいっときで、あとはどうでもよくなるんだよ。ママだって、ある時掃除をしだして、戸棚のものを全部引っ張りだして、台に上って窓ガラスを拭いて、ベランダで絨毯のほこりをはらって、はい、おしまい。その後はもう、ずっとなんにもしない。パパもそう。パパはもっと気まぐれなんだ。前のことだけど、炭焼きステーキばっかりするようになって、毎晩毎晩炭焼きステーキ。ベランダで火を起こして、ママが掃除で使う塵取りをパタパタさせて、焼き網の上にステーキをのせて、「炭焼きなしなんて考えられんな」とか言ってたんだ。近所のみんなは、ぼくん家のベランダからくるにおいにつられて、ベランダに出てきて、よだれをたらしてステーキうらやましがってたんだって。近所の人たちはうらやましすぎて、自分の子供をぼくの家に遊びに来させて、ステーキをおねだりさせるぐらいだったんだよ。子供たちは当然、ぼくにちょうだいってもちかけてきた。だって同い年同士のほうが話がわかるからね。でもパパは、そのあとぴたっと炭火焼をしなくなって、バーベキューをやめて、セットを箱にしまって、地下倉庫へとお払い箱にしちゃった。そう、イエス君、また話があっちへいっちゃった。ぼくが言いたかったのは、あの時、近所のみんなはイエス君に手紙を書いていたけど、ぼくは書かなかったってことだけだったんだ。本当を言うと、手紙を書かなかったのは、イエス君は本当はいなくて、いない人に手紙を書いても意味がないってママが言ってたからなんだ。ママが言うには、石鹸の泡に手紙を書くようなものだって。全然違うよね。だって石鹸の泡はソファーの上で割れると、白い跡になるけど、イエス君はソファーに何にもつけないし、誰もイエス君に会ったことがないもん。でも、だからって自分はみんなと違ってるって思わないでね。あ、もしぼくの手紙がそう思わせてるんなら、そう言ってね。この手紙を丸めていちから書き直すから。ともかく、大好きなイエス君、簡単に言うとこう。ぼくが手紙を書かなかったのは、ママがイエス君は本当はいないんだって言ってたせいで、ぼくはそう信じてたんだ。サッカー場で近所のみんなに聞いたら、やっぱりそう、ママの言う通り。イエス君はものすごくおとなしいだけなんだって何べんも言ったんだけど。ママはね、サンタさんは本当にいるから、サンタさんに手紙を書きなさいって言うんだ。ぼくたちのところに来るし、手で触れるんだから、本当にいるって。だから近所のみんながすわって手紙を書いていた時、大好きなイエス君、ぼくはひとり、いつもこう書き始めてたんだ。「大好きなサンタさんへ。」本当にサンタさんはいるんだよ。毎年家の中まで上がって、歌って踊ってプレゼントをみんなにくれたんだ。だから、友達にサンタクロースは本当にいるのかな、なんて聞こうと思ったこともなかったよ。サンタさんはぼくの目の前にいて、手で触れたし、よく腕によじのぼったり、ひざの上で躍らせてくれたりしたんだよ。それにね、ぼくはサンタさんのにおいが大好きだったんだ。それはおじいちゃんとまったく同じにおい。おじいちゃんが朝、洗面所にこもってひげをそって、つるつるになって出てくると、いいにおいがして、ひげそりの日は一日中、おじいちゃんはいいにおいだったんだ。そう、サンタさんの不思議は、白くてな~がいひげなのに、おじいちゃんのひげそり後とまったくおんなじ、いいにおいだったことなんだ。とにかく、大好きなイエス君、ぼくがサンタさんに手紙を書いていたのは、サンタさんをよく知ってたし、会ったことがあったからっていうだけなんだよ。こんなことを言うのは、この手紙のせいでイエス君が自分はみんなと違うんだって感じちゃったらどうしようって心配になったからなんだ。でもぼくには全くそん気はないからね。こんなことでイエス君の心にずっと傷が残るなんて、絶対いやだよ。手紙っていうのはみんな書きたい人に書くんだよ。例えば、ぼくの近所には手紙を受け取ったことがない子がいるけれど、でもその子たちは自分が違ってるんだって思ってるわけじゃないよ。ともあれ、君はたくさん手紙をもらってるんだからさ。一枚ぐらいないところで何もかわりやしないよ。今、ぼくも手紙を書いてるし、気を落とさないでね。わかった?安心していい?ところでサンタさんがおじいちゃんと同じにおいだって言ったよね。ぼくはサンタクロースのことを覚えてる。なにせ遠くから車でやってくる音を聞いたんだから。ポンコツ車に乗ってやって来たんだ。大きなクラクションを鳴らして、うしろに長い空き缶をつなげて引きずって、それがアスファルトの上でガランガランってうるさい音をいっぱいだしていたんだ。結婚するときに、こういう大きな音をたてて車で何キロも走るみたいに。すると道を歩いてる人は、自転車レースの応援みたいに手をたたいて大興奮。イエス君、これがサンタクロースなんだ。ぼくが知るかぎり、イエス君はこの辺に近寄らないように思うけど、サンタさんに絶対会ったことがないとは思ってないよ。こう言うのは、イエス君に会ったことがないからなんだ。だって、イエス君が本当はいないから会うこともできないんだってママは言うんだもん。でもイエス君はそんなこと気にしちゃだめだよ。ママは、いるのにいないってよく言うし。例えば、ぼくがもっと小さかった頃、ママの友達がうちにくるといつも、ママは、ぼくがどこかへ行っていないってウソをついたんだ。そしたらみんなは「あら、残念」「どこへ行ったのかしら」って言うんだ。でもぼくはベッドの下にもぐり込んでいたんだよ。これは全部ママとグルになってしてた遊びだったんだ。ぼくがかくれて、ママが友達にぼくはどこかに行っちゃったってウソをつく。最初から作戦会議してあって、ママの友達がうちに来ると、ぼくを家中探し回って、最後にはぼくがピョンっと出てきてやる。だから、イエス君、ママはイエス君なんかいないって言うけど、まさかおかあさんとイエス君がグルで、ベッドの下にかくれているとかじゃないよね。それで時間になったらピョンっと飛び出してくる気なんじゃないよね。
いいかげん伝えたいことを言うね。だってまた話がそれちゃったんだもの。紙がもうなくなりかけなんだ。あのね、言いたいけど恐くてなかなか言い出せなくて、他の話をしちゃうことってあるよね。でもぼくのママはいつも「虫歯はぬいちゃえば、もう痛まない」って言う。そういうわけで、イエス君、ぼくが手紙を書くのは、昨日の夜、サンタさんが死んじゃったからなんだ。こんなこと誰に話したらいいか本当にわからないけど、とっても悲しい気分だよ。だから、たとえ近所のみんなが誰も君のことを知らなくても、君がいちばん話しやすいと思ったんだ。それにイエス君が本当にいるにしろ、いないにしろ、みんながイエス君に出す手紙を、誰かが読んでることには違いないだろうから。ともあれ近所の子がイエス君に書く手紙は誰かが読んでるはずなんだ。読んだからって、何かしてくれるわけではないけどね。それと、誰かがイエス君に手紙を読んであげてても、仕方ないやって気がするんだ。だって手紙の数ったらありゃしないよね。イエス君が本当にいるのなら、大事な手紙だけをイエス君に届ける秘書がいたっておかしくないよ。その他の手紙には秘書が返事を書いて、サインのところにハンコを押すんだ。ああ、どうか、この手紙は大事な手紙だって思ってもらえて、イエス君のところまで届きますように。イエス君の秘書さん、もしあなたがこの手紙を読んでいるのなら、どうかどうかお願いだから、あなたのご主人様にぼくの言葉を届けてください。命に関わる話なんです、秘書さん。ご主人様はこれを真剣に読むに決まっていますよ。なんだったらあなたにごほうびに何日か休みの日をくれるかも。あーぁ、もう、イエス君、秘書さんのせいでまた話が前へ進まなかったよ。ともかく、サンタさんが死んじゃったんだ、イエス君。あのね、サンタさんはまだ寝室で、白いひげのまま、ひげそりあとの臭いをさせて、お祈りのポーズに腕を組まされて寝かされてる。昨日の晩のことなんだけど、家は昨日からずっと虫一匹飛べない雰囲気さ。はじめはみんな泣いていて、今はみんな黙りこくっちゃった。ぼくは台所のテーブルで、宿題をするふりをしてる。実はばれないようだけど、本当はイエス君に手紙を書いているんだよ。誰かが来たら、紙を裏返して算数の計算問題をするんだ。数字を縦に並べて書いて、線を引いて、その線の下に足した合計を書いてね。となりの部屋に死んだサンタさんがいるから、家中が今までにないくらいしーんとしてるよ。たとえば、今手紙を書いているけど、力をいれずに書かないといけないって思うもん。ペンの音でさえ、サンタさんはいやがるかもしれないって思えちゃうんだ。書くときのペンの音が、死んだ人に聞こえるとは思わないけど。みんなはぼくに、悲しんじゃいけないよって言うけど、でもぼくなんかよりみんなのほうがずっと悲しんでいるんだ。中でも、一番悲しんでいるのはおばあちゃん。おばあちゃんは、サンタさんをちっとも信じていなかったのにな。本当にいるのは人間の男女だけで、サンタさんはそういう格好をしているニセモノだって言ってたのは、おばあちゃんだったのにな。サンタさんがベッドで死ぬと、わんわん泣いて、こんな調子じゃおばあちゃんは病院に運ばれちゃうと思うな。おばあちゃん、かわいそう。目の前で死なれたら、誰だってまいるよね。クリスマスの日、いつもの年と同じように家にやって来たサンタさんは、ちょっと歩いたところで床に倒れて、そこからもう起き上がれなくなった。みんながサンタさんを起こそうとしたけれど、サンタさんは床にそのままで、何もしゃべらなくなっちゃった。家にやって来た時はピンピンしてたのに。笑って、歌って、上機嫌で、おじいちゃんとまったく一緒のにおいで。プレゼントが入った茶色の袋も肩に背負って。でもその後、こんな悲しいことが起きちゃった。まず、床のカーペットの上に袋をおいて、それから家具に寄りかかると、倒れてしまった。ちょうどおばあちゃんのまん前で。だから今、おばあちゃんは泣いていて、サンタさんは部屋で死んでいて、袋は居間に残ったまま。
大好きなイエス君、何が起こったの説明し終わったから、今度こそぼくのお願いを書くことにするよ。ベットの上で死んでるサンタさんの気にさわるといけないから、ゆっくり字を書くね。イエス君が本当にいるかは分からないけど、どっちにしろぼくは本当に、イエスに自分は違うんだって感じてもらいたくないんだ。ぼくのお願いはとても簡単なことだよ。つまり、近所の子がみんな、イエス君のことで色々言ってる。まず、死んだ人を生き返らせることができるって。人が死んだ時に、イエス君がやってくる。その人は死ぬのをやめて自転車で外へでていっちゃうんだ。次はもっと分からないこと。イエス君は自分で人間になったっていうんだ。はじめは何でもなかったのに、ある日決心して人間になったって。はじめは何でもなかったっていうのが、ぼくにはよく分からないけど、でも今は間違いなく何かなんだってことは分かる。じゃなかったら幼子イエスなんて呼ばれてないし、名前を呼ばれることもなかったもんね。ぼくだって何か他のものになれるんなら、なってみたいけど、ぼくは結局ぼくでしかない。せいぜいベットの下に隠れるくらい。ともかく、イエス君はぼくができないことをできるんだよね。それで、最後に、近所の子たちは、イエス君は真実だって言うんだ。つまりイエス君はいつも何が正しくて、何をしちゃいけないかを知ってるって。言ってみれば、そう、なんだかママみたい。でもイエス君のほうがもっともっとすごいけど。スーパーママみたいなもんかな。でね、この3つのことを聞いたぼくは、サンタさんが死んでベットに寝かされてる今、イエス君に小さなお願いがあるんだ。さぁ、言うからね。死んだ人を生き返らせれるんなら、サンタさんを生き返らせてよ。サンタさんは生き返らせていいと思うんだ。生き返らせてくれたら、ぼくが自転車を用意して、サンタさんに町中を走り回らせてやるんだ。どうかな。次、二つ目。もしイエス君が自分で人間になったんなら、これはどう。サンタさんになるっていうの。今、1人分空きができたことだし、きっとみんな喜ぶよ。とくにおばあちゃんなんか。サンタさんが死んで、わけがわからなくなってるから。でももし、イエス君、そのどちらもかなえられないなら、あと1つだけぼくのお願を聞いて。もちろん、君は自分が違ってるなんて思っちゃいけないよ、この2つがかなえられないんならね。調子が悪いだけなのかな、それとも本当はなにもできないのに、全部近所の子がわいわいさわいでいるだけなのかな。ともかく、もしできなくても心配しないで。じゃあ、最後のお願い。最後のお願いは一番簡単だから。イエス君は何かしないといけないわけじゃないし、答えをくれるだけでいいんだ。もしイエス君が真実だというのなら、ぼくに教えて。正直に言っくれていいから。ママは、いい嘘より悪い真実のほうがいいって言う。ぼくはそうは思わないけど、今回は賛成だな。えっとね、ぼくが信じているように、イエス君が真実を知ってるんなら、教えてよ。居間にあるプレゼントの袋、開けてもいいかなぁ?
(訳:代助・三千代)
☆BUON NATALE☆
