11月29日付のCorriere della Seraにポルノに対する課税のニュースが載っていました。過去にも提案された、ポルノDVDだけでなく、本や演劇、映画、テレビ番組まで性的内容を孕んだシーンを厳しく取り締まるという法律を施行しようという動きが強まっているようです。収益の25パーセントを納税しなければならないというかなり厳しい内容のもので、文化省では目下、どこまでを規制の対象とするかの基準値を調査中だそうです。これに対し、イタリアの加藤鷹、ロッコ・ジッフレッディは「今はネットでポルノが見れるから、こんな規制をしても無意味」とコメント。日本でも公開された映画『血の記憶』の監督エドゥワルド・ウィンスピアも、表現方法の幅を狭めてしまうと、案件を危惧しています。
確かにいまさらこの法律をつくることに如何なる意味があるのか、という気もします。そもそもイタリアの倫理観は、日本のそれとはかなりズレがあります。テレビのゴールデンタイムでは、やたらと露出した女性数人が司会者の脇に控えている。ポルノ女優チッチョリーナが国会議員になる。首相ベルルスコーニが粋な冗談のつもりで、「ぼくは選挙が終わるまでセックスしない」と発言する、などなど。なによりもイタリア人の男友達とヨモヤマ話すとき、倫理観の違いを感じます。少年ジャンプの『電影少女』を読むだけでドギマギしていたぼくのような日本の成人男子にとっては、少々刺激が強い国のようです。
そんなわけで、偶然本屋でみつけて興味を持ったのがこちら、2007年に出版された『Il letto e il potere』(ベッドと政権)です。パルチザンによるムッソリーニの処刑からタンジェントーポリまで、血と汚職にまみれた現代イタリア政治史を、政治家の女性スキャンダルに焦点をあて言及したもの。同年に出版されたブルーノ・ベスパの『L’amore e il potere』(愛と政権)とは表裏を成すこの作品を執筆したのは、政治記者のフィリッポ・チェッカレッリ。中道左派の傾向があるラ・レプッブリカ紙で編集を務める彼が、過去30年にわたり書き溜めた原稿をまとめて1994年に発表したのが第一版で、それに加筆・修正を加えられたのが今回取り上げている作品です。ぼくが特に気になったのはミーノ・ペコレッリを取り扱った章です。
ミーノ・ペコレッリはチェッカレッリと同じく政治、特に汚職問題に関心を寄せるジャーナリストでした。1968年にOP(Osservatorio Politica→政治観察所の意)を設立し、政界の裏側やスキャンダルを暴く紙メディアを刊行し続けます。過激な内容で注目を集めたOPとペコレッリですが、その終わりは唐突なものでした。鉛の時代(Anni di piobmo)と呼ばれたイタリアの社会的混乱期のテンションが最高に振り切れた1978年、数々の反乱の中で生まれた極左武装団体、赤い旅団(Brigate Rosse)が当時首相だったアルド・モーロを誘拐するという事件が起きます。アルド・モーロは監禁期間中、自分が所属する政党で、戦後以降最たる与党であったキリスト教民主党に向けて、赤い旅団の交渉に応じるよう何十枚もの手紙を出します。しかし次期首相となったジュリオ・アンドレオッティがそれに応じることはなく、誘拐から55日後、モーロは、キリスト教民主党、イタリア共産党の両オフィスに非常に近いカエターニ通りに駐車されていた車の後部から、射殺された遺体となって発見されたのでした。このモーロ事件の真相を真っ先にさぐろうとしたのが、ペコレッリでした。1978年、ペコレッリは、社名と同じ週刊誌OPに、モーロ誘拐の特集を大々的に銘打ちます。それから間もない1979年3月に、彼もまた暗殺されてしまうのでした。犯人グループと思われたのは、犯行時に使われたピストルの特殊なモデルから、マリアーナ団というローマで当時勢力を伸ばしていた犯罪組織ですが、それを直接的に支持したのは、モーロの同僚であったアンドレオッティだとにらまれました。その後裁判にかけられた彼は、有罪判決を受けたものの、2003年に逆転無罪を勝ち取り、今ものうのうと暮らしています。ちなみにモーロ事件、ペコレッリ事件以外にもさまざまな汚職がささやかれる彼を題材に、近年映画やバイオグラフィー、暴露本が発表され、人気を博しています。以上の簡単な予備知識を頭に叩き込んでチェッカレッリの『Il letto e il potere』の第8章『ミーノ・ペコレッリの冗談のきつい遊び』を読んでみましょう。
チェッカレッリは、ペコレッリがフリー・メイソン協会P2の一員であることを指摘した上で、ペコレッリの政治批判はときに誇張、脚色してスキャンダルをとりあげるだけのレベルの低いものだったと言及しています。(※ここで言うフリー・メイソンという用語は、日本で一般的に想像されるような都市伝説的秘密結社ではなく、反政府グループ程度の意味合いで使用しました。つまり彼は与党であるキリスト教民主党を攻撃したかったということです。)例にとったのは1971年から1978年まで首相を務め、ロッキード事件にも関わりがあったとされるジョヴァンニ・レオーネに対するペコレッリの批判。1975年10月18日、レオーネがピサに訪問した際、激しくののしってくる左派の学生たちに向かって彼が指で角をつくるジェスチャー(魔除けの意)をしたという事件について、ペコレッリはこと大げさに次のような風刺劇をOPに載せます。
「Lで始まり角がある動物は?」司会が陰険な顔で問題を出す。
「Leone(ライオン)だ!」叫び声が空気WP引き裂く。
「違う!ライオンのに角なんかないですよ。」司会は異議を唱える。しかし観衆は聞く耳をもたずにこう言う。
「いいや、もっているよ!」
暗殺されてしまったペコレッリは、往々にして巨悪に立ち向かい殺されてしまった現代のヒーローのように謳われます。でも実際のところはそうでもなくて、政界の腐敗を明るみに出してやろうという志の高さはなく、悪ふざけのギャグに陥るような報道の仕方を好んでいた、とチェッカレッリは説明します。その後彼の野次馬魂が、触れてはいけないモーロ事件に誰よりも早く足を向けさしてしまったというところでしょうか。でも、そのスキャンダルに飛びつきたがる節操なさもまた、倫理観を欠いたイタリア人らしいですね。(つづく)(代助)


