8月終わりにイタリアに帰ってきて、マルコーニ大通りにある大手本屋フェルトリネッリに行ってみると、『素数の孤独』(La solitudine dei numeri primi)というタイトルの小説が大きく取り上げられていました。その後、数ヶ月経つものの、どこの本屋に行ってもこの本がベストセラーの1位に格付けられています。少し気になって背表紙や帯をさらりと見てみると、この本が今年のストレーガ賞を獲得した、とのこと。さらにその著者、パオロ・ジョルダーノはトリノ大学の博士課程に通うで、まだ25歳の若さであるということでした。



 『素数の孤独』、その内容を簡単にまとめると次のようになります。少女アリーチェは父に強制されて行かされるスキー学校が大嫌い。少年マッティーアは知恵遅れの双子の妹を持つ秀才ですが、一度友達の誕生日パーティーに誘われたとき、妹を公園に置き去りにしてしまったという過去を持っています。それらの幼少期の経験が原因で、微妙に屈折しながら育った二人は、中学時代に出会い互いに惹かれあうものの、その曲がってしまった性格から、うまく気持ちを重なり合わせることができません。そして物語の中盤でマッティーアはひとりごちます。

素数は1とそのそれ自身の数でしか割ることができない。無限に続く自然数の列の中、彼らは自らの場所に落ち着きじっとしている。すべての数と同じく二つの数にはさまれていても、他に比べてちょっと抜きん出ている。怪しげで孤独な数だ。だからマッティーアはおもしろいと思っていた。

マッティーアは第一学年のときに、素数の中にさらに特別なものたちがいることを学んだ。数学者たちは彼らを双子素数と名づけた。互いに近くでじっとしている素数のカップル。いや、ほぼ近くにいる、といったほうが正確か。なぜなら、いつでも彼らのあいだには、実際に触れ合うことを妨げる偶数がはさまっているからだ。例えば111317194143。がんばって数え続けていくと、このカップルはだんだん希少になっていく。

マッティーアは思った。彼とアリーチェはまさにそう、双子素数の2つだ。ひとりっきりで、むなしくて、近いけど触れ合うまでには至らない。

別にいいんですけど、素数を使ってうまいこと言っちゃうこの絵に描いたようなストーリー、ある種の清潔さを感じさせてしまうナイーブな病み方、そういうものがどこかひっかかってしまいます。何かイタリアくさくないというか、現代の先進国の中から、どこでも無作為に場所を選択したら成り立ってしまう物語という気がします。イタリア性の消失。これは何もこの本や文学だけの話ではなく社会全体の流れなんだ、と、郊外に広がる巨大ショッピングモールやイケアが次々と建てられるのを見てて思います。スロウ(でしかできなかった)フードの国イタリアが、持ち前の怠けっぷりで今さらノロノロとファーストフードの文化を体得しようとしているぞ、と。

一つにはアメリカからの影響という問題があります。文学に話を戻すと、1981年に『Altri libertini』(日本語タイトルは「ぼくたちの自由を求めて」)でデビューしたピエル・ヴィットリオ・トンデッリが、アメリカ文化をイタリア文学に持ち込んだ最初の作家でした。バロウズの流れを汲むそのデビュー作は一時は発禁処分にもなりました。その後も彼は次々とセンセーショナルな作品を世に放ち、最後はエイズで夭逝します。トンデッリ以降では、エンリコ・ブリッツィの『Jack Frusciante è uscito dal gruppo』(1994年発表、日本語訳のタイトルは「狂った日曜日おれたち二人」)やトンマーゾ・ピンチョ『Un amore dell’altro mondo(2002年発表)が、それぞれロックンロールやドラッグカルチャーを題材にして注目を浴びました。トンデッリの自伝的短編『ワインの物語』(訳は橋本勝雄の論文から抜粋)の中に示唆的な文章があります。




ずっと言われ続けているように、イタリアは巨大な田舎だ。高速道路から降りれば、変わらない風景と習慣に出会える。産業革命が何度起きても、こうした伝統はおそらく変わらないだろう。

こうして出発点にもどってくる。この文学旅行にはたくさんの実感、体験、思い出、友人たちの面影があるが、それが始まった場所、つまりエミリアの土地へとかならず戻ってくる。より広大な西洋文明の申し子であり、ポップとロック音楽の頑固な愛好者であり、アメリカ映画とビート・ジェネレーション文学を好んでいるにもかかわらず、自分は心底エミリア人なんだと自覚するには時間がかかった。

産業革命が何度起きてもなくならない伝統。しかし今のMTVとマクドナルドなどなどに侵されたイタリアはどうでしょう。エミリア人であるという根底を持ちつつアメリカ文化を導入したトンデッリのスタイルからは遠く離れ、イタリアは根こそぎ流れさっていまうんじゃないかと感じます。彼らが意図的にアメリカを取り込んだのとはわけが違い、今のそのままを書いたらイタリア性が消えてしまった現代のイタリア文学作品があります。イタリア語で書かれていればそれでいいわけじゃない。やはりどこかでイタリアを感じさせてほしい。例えばピエル・パオロ・パゾリーニの『Ragazzi di vita』(日本語訳は「生命ある若者」)のような作品はもう生まれてこないのでしょうか…?(つづく)(代助)