ファイト。
揺れる日々。
続く余震。
揺れない日はない。
地鳴りで毎日目が覚めてしまうので、寝た気がしない。
眠ると、土砂崩れに飲み込まれる自分の夢を見る。
大きな地震があって、必ずそこには チャット仲間だったり ちゃいふれんどだったり 親族だったり 住んでいる人がいて。
大丈夫かなぁ。
無事かなぁって。
毎日、不安で心配で 具合悪くなります。。
早く 地盤、落ち着いてくれないかなぁ。。
沖縄へ声援を。
ただいま、彼のところにいます。
PCが使えなくなったので、彼のところで動画見させていただこうかと思いまして。
CHILDHOODは、今 沖縄にいます。
東北関東大震災 支援チャリティーコンサート
what a wonderful world in OKINAWAで演奏されるようです。
2011年4月10日(日) what a wonderful world in OKINAWA
がんばれ東北!がんばれ日本! 東北関東大震災 支援チャリティーコンサート
時間:12時開場 13時開演
入場料:無料
場所:沖縄県沖縄県宜野湾市コンベンションエリア BLUEステージ(予定)
出演:CHILDHOOD/南こうせつ/紫/BEGIN/宮沢 和史/サンボマスター/かりゆし58/知名 定男/
(順不同。他多数出演。全出演者リストは下記で随時更新)
全出演者→こちら
※コンサート公式サイト
タイムスケジュールの確認出来ます→こちら
CHILDHOODの演奏は14時25分からのようです。
沢山の出演者がいる中、ほんの少しでも 映像で見れることを祈るばかりです。
※動画配信
ニコニコ生放送→ こちら
USTREAM→ こちら
※LIVE中継
会場 大体はどこも12時開場で、終了予定が18時になっているようです。
すべて無料です。
岩手→club change
宮城→Zepp Sendai
北海道→小樽GOLDSTONE
神戸→太陽と虎
大阪→心斎橋クラブクアトロ
沖縄→万国津梁館
※会場内に、募金箱を設置し 集まった義援金はすべて被災地、被災者の方々へ寄付されるようです。
また、会場内で販売されるドリンク代の売上に関しても一部義援金として、被災地、被災者の方々へ寄付されるようです。
※未就学児童及び小学生は要保護者同伴だそうです。
ちょっとでも良いから・・・・・ 動画にチャイフが映りますように!!
贈る図書館。
Twitterより。
mllofficial【akkoより東日本大震災被災地に向けてのお知らせ】
『贈る図書館』と題し、本を被災地に届けるプロジェクトを始めました。
皆様ご協力お願い致します!
スタッフK
詳しくは、こちら
をご覧下さいませ。
My Little LoverのTwitterです。
私も姪の笑顔に救われています。
賛同される方だけでも結構です。
どうかご協力お願いいたします。
もし、Twitterをしている方がいましたらリツイートにもご協力お願いいたします。
今日という日。
昨日、無事に叔父の火葬もすみました。
消防隊の従兄弟は、午前中だけですが、なんとか休みをもらえたようです。
親の死に目にはあえなかったけれど、火葬前にあえて良かったね。。
従兄弟は、辛かっただろうに涙も流さず 立派に謝辞をのべました。
牛乳を毎日最低500ml程 飲んでいたという叔父。
拾う骨も太くて立派なものでした。
本来であれば、今日(25日)が還暦祝いで、とても楽しみにしていたそうで。
同級生達の姿もありました。
伯父は、今 茨城に住んでいて こちらに来る手段がありません。
例え 駅まで来れたとしても、迎えに行くガソリンがないのです。
車なら40分くらいの距離ですが・・・ 歩いたら、1日かかっても家にたどり着けないかもしれません。
泣いてお願いします、と頼まれたそうだ。
兄にお別れも出来ない。とても、辛いだろう。
お願いを聞いてあげられたらどんなに良いか・・・。
けれど、今の私たちには出来ることの限界があるのだ。
やりきれない思いで涙が出る・・・。
葬儀用のご飯は とても質素なものなのですが、従兄弟は 久しぶりにまともな食事が出来たと喜んでいた。
話を聞けば、当然ながら支援物資は被災者に優先的に渡される。
救助する側の従兄弟は、残りものらしい。
缶詰めだったり、時には食パンと水だけだったりするそうだ。
寝る場所もテントだと言っていた。
春は近いけれど 雪も降っている。 浜の風は、まだ真冬のように冷たい。
昨日は、マイナス6度だったそうだ。 浜は風があるので、体感温度はもっと寒いだろう。
救済者も心配です・・・。
陸前高田市 気仙町の和尚様も、久しぶりのご馳走だと大変喜ばれていました。
少しですが、話を聞くことができました。
津波がきたとき、途中まで車で逃げていたそうだが 途中から車を乗り捨てて 走って逃げたそうだ。
足まで波がきていたので、あのまま車で逃げていたら 間に合わなかっただろうと言っていました。
5秒程の判断が命にかかわっている。
お寺の傍には 大きな木があったそうだ。(何の木と言っていたか覚えていないのですが・・・)
樹齢400年程だから、その間 こんな津波はなかったのだろうと。
その木も津波でどこかへ流されてしまったのだそうです。
15m以上の津波って、どれくらい・・・?
思わず見上げてしまう。 想像を絶する・・・。
日本一と言われた宮古の防潮堤も、ギネスにものった釜石の防波堤も 自然の力にはかなわなかった。
日にちが経ち、遺体が痛んでいて 見つかっても 性別すら分からなくなってきているという。
身元が確認できない遺体は、歯型とDNAと指紋だけとって 全て一緒に焼かれるそうだ。
土葬される区域もあるらしい。
土葬されるのは、戦後初のようで やりきれない気持ちになってしまう。
バタバタで忘れていましたが 17日に、仙台に住む友達と 厄払いへ行く予定でした。
友達が住む1km先まで津波がきていたそうで、無事だったことに安心した。
これ以上の厄はないよね。一生忘れないねって2人で語った。
よほど怖い思いをしたせいか 地震以来、余震がくれば 傍にいる誰かに抱きついてきます。
昼も夜も 毎日 余震が続きます。
大人ですら目が覚めるのに、幼いミハルにはどれほどの恐怖なのだろう。
ケーキも売ってないしね。ホットケーキなら作れるかな![]()
ミハルの存在に家族は救われている。
そして、今日は ヴァイオリニスト白井崇陽さんのハートフルライブへ行く予定でした。
岩手は晴天とはいきませんが、晴れております。
雨男 白井さんのコンサートは、雨の確率が高いのです。
何を演奏するんだろう・・・。 昨年のハートフルライブでの様子を思い出しながら 想像してみる。
今回。私は、内陸の方なので 住まいも家族も無事でした。
地震の5日後には電気もきましたし、ガスは都市ガスではなく プロパンなので なくなるまでは使えます。
なくなったら、裏の山から薪と杉の葉集めて 簡易釜戸で 作れば良い事だし。
水も井戸がありますし。1・2分歩けば沢もあるし。
お風呂は毎日入れないけど・・・。
灯油やガソリンは、まだ思うように手に入りませんが 白米もあるし 野菜も畑のものがある。
好きなものは 食べられませんが・・・ 贅沢を言わなければ、それなりに生活できています。
隣町まで1時間も歩けば、お店も開いてるようです。
ですから、私は被災者とは言えません。
普段は不便だと感じることですが、アナログには強いと思います。 山女ですから(^^)
今も毎日 心配して 入れ替わりに電話やメールを下さる方々。
何も、必要ありません。大丈夫です。その気持ちだけで 十分です。
私の周りには心優しい方々で あふれている。
そんな方々と出会えた私は幸せものだ(^^)
いつか 余裕ができたら 恩返しが出来たらなぁって思っています。
長文で暗くなるような ブログばかりですみません。
明日も歩いて職場まで、頑張るどー。
雪っこ。
冬季限定の岩手の日本酒。
以前、vagueのYuさんに間違えて焼酎だと伝え渡した代物。
陸前高田市高田町に酒蔵がありました。
しかし、津波で全て流されてしまった…。
今 お店に出回っているもので、もう 飲めなくなるかもしれない。
見つけて 買ってきました。
昨日から、陸前高田市の月山神社に避難していた叔母さんと大叔父さんをうちで預かっています。
大叔父さんは晩酌を楽しみにしていたようで、晩御飯の時にビールないかな?って言われました。
被災地でお酒なんて飲めなかったでしょうから…
残念ながら、うちでは酒飲みがいないので… ビールも期限切れのしかなくて。
それでも良いと飲んでくれた。
だから 今日の仕事帰りに、大叔父さんに飲ませたくて、ビール500mlの6本入りと
たまには家族で飲むかって、缶チューハイ6缶入りを買いました。
その時に見つけた雪っこ。
これらを持って1時間の道のりを歩いて帰るのは、ちょっと辛かったけど…頑張った!
大叔父さんは、ビールもですが、雪っこにとても喜んでくれた。
私も一緒に飲んだ。
誰かと飲むお酒は美味しい。
なかなか予約も難しい中。
24日、なんとか叔父の火葬が決まりました。
お葬式はすぐには出来そうもありませんが、火葬だけでもしてあげる事ができそうです。
23日に安置所に遺体を引き取りに行きます。
家もなにもかも津波で流されてしまって何もない気仙町の叔父のところ。
本来なら実家である我が家で引き取ってしてあげられたら良いのですが、義姉さんが身重のため難しいのです。
叔母さんの実家。うちの本家でしてもらえることになりました。
関東にいてすぐ来れない我が父と伯父に電話で
『叔父の事は…もうし訳ない。やってしまった…。諦めてくれ…』
いつも気丈な大叔父さんが、涙声で伝えていた。
叔父は、周りに気も配れて優しく 人から慕われるような方でした。
息子の結納の準備も全て整っていた矢先でした…。
そして息子は消防隊員。
家族よりも周りの方々を第一に考えなければいけない存在。
父親が見つからなくても探しにも、亡くなっても確認に行くこともできないのです。
皮肉なものです。
火葬が終われば、叔母さんも大叔父さんも被災地に戻らなければいけません。
せめてうちにいる間は、好きなようにさせてあげたいと 思っています。
桜並木。
下熱剤を入れて様子をみています。
町内も隣町へもお店があるところまでは歩いて、1時間ちょい。
欲しいものは、やはり ほとんどありませんでした。
義姉さんがチョコレートが食べたいと言っていたので、あって良かったと思いました。
お金があっても、買えるところもないのです。
うちは、白米や玄米があるし野菜も少しある。
ガスがなくなっても石とかで釜戸作って、ご飯作れますから しばらくは大丈夫です。
昨年異動になりましたが、1時間歩けば着く距離になっていて良かったですよー。
気仙沼にいる友達と家族の無事が確認できたのです!!!
なかなか連絡が取れないので、もうだめかと諦めていました。
本当に本当に、良かったぁ。。
またCHILDHOODの音、聴きに行きたいなぁ。
いつか、また。
いつもコメントありがとうございます。
涙もろくなってますが、少しずつ 気持ちも上がってきました。
完全復帰したら、コメントも返信し始めますね。
ただいま。
陸前高田市気仙町まで行ってきました。
辺りは見るも無残すぎて。。
しばらく体の震えが止まらなくなりました。
久しぶりに会う叔母さんは、少しふくよかな方だったのに
顔はやつれてクマが出来ていました。
安置所に叔父さんの顔を確認しに行くと、他にも白い布をかけられて並んでいる人が何人もいて。。
顔が見れませんでした。
嘘だといい。そう思っていて。
でも、叔父さんの遺体を前に
涙が溢れてきました。
真面目でとても優しい方でした。
叔父さんは、バイクや自転車を販売していて、その日もこぼしたオイルを拭いていたそうです。
叔母さんは自転車で命からがら逃げたのでした。
10分も経ったか経たないうちに、みるみる津波が押し寄せてきて、のまれていく人達を沢山みたそうです。
放送で3メートル以上の津波がきます、と言っていたそうです。
でも実際は12、3メートルあったとか。
もっと大袈裟に言ってくれていたら。
あと5分あれば、ずっとそう言っていました。
目の前で夫が津波にのまれていくのを見ている叔母さんに
叔父さんの分も生きてとか
頑張ってとか
ご愁傷様です とか別の意味に聞こえそうで
なにも 言えませんでした。
そんなこと、言われなくても分かっていると思うから。
叔母さんが話してくれることを頷きながら聞いていました。
関東にいるため、こちらに来れず 叔父さんを確認出来ない父と伯父はどんな気持ちでいるのか。。
少しでも早く笑顔が増えていくといい、そう思っています。
行ってきます。
もう話せない体になって。
幸い、叔母と他の家族は無事だったようです。
今 兄と母と陸前高田市の気仙町に向かっているところです。
また津波が来ない事を願って。
ありがとう。
夜は蝋燭に堀コタツに炭を入れて生活してます。
家族が無事だったのが幸いでした。
沢山の友達とまだ連絡が取れないので涙が出てきます。。
ずっと携帯が電波たたないし、車で充電してる状態で。
昨日の夜70件くらい一気にメール受信しました。
電源は切ってることが多いので、1人ひとり返せなくてごめんなさい。
メール見ながら泣いてしまいました。
皆さんありがとう。
ラジオ聞いてると、関東も被害が酷いみたい。
みんな大丈夫かなぁ。。
どうか皆さま無事でありますように(祈)

