ご無沙汰しております。
毎日、厳しい寒さが続いていますが、皆様、お変わりございませんか。
今日は土曜日にお詣りした熊野神社さんのお話です。
何度かご紹介したように、身体のパーツごとにお守りが細かく分かれていて、
自分の治したいところをピンポイントで選ぶことができます。
全国で一番、お守りの種類が多いお宮さんらしいですよ。
さて、この日、私と娘は宮司さんのお話を聞かせて戴きました。
とてもためになるお話でした。
ホントはお聞きしたお話について、もっと突っ込んでお話ししたいのですが、、、
そうなると、自分の悩みまで打ち明ける必要があるのでー笑
それは、ちょっと避けたいなと思いまして。
抽象的になりますが、ご容赦のほどを。
ざっくりと言いますと、タイトルにもあるように
人間は気持ちの持ち方、物事の受け止め方次第で幸せにも不幸にもなる
というお話でした。
なーんだ、当たり前のことじゃない、なんて思わないで下さいね。
この「当たり前のこと」が本当の意味で理解できている人って、恐らく少ないと思います。
例えば、自分とAさんがいたとします。
そこにBさんが来て、お饅頭を一個くれた。
その時、あなたなら、どう思いますか?
考えられる思考としては
① 「二人いるのに、何で一個しかくれないの? ケチね」
二人なのに貰ったお饅頭が一個だったら、どちらかが我慢しなきゃならないから、お饅頭をくれたBさんを
ケチだと思う。
② 「わあ、美味しそうなお饅頭だわ。珍しいものだから、私とAさんで半分こして戴きましょう」
あくまでも例えですが、、、
思考パターンは二通りあると思います。
どちらが「幸せ」を感じられるかは、言うまでもなく②の方ですよね。
よく「ないものねだり」と言いますが、ないものねだりをする人は、「満足する」ことがない。
一つ貰えば、二つ目が欲しくなり、二つ手に入れば、三つめが欲しくなる。
欲望にとどまるところがないのです。
そういう人は、とても不幸です。だって、「満足」ができないんですから。
いつも「足りない」と不満を抱いて生きることになります。
でも、②の思考パターンの人は、大抵の場合「幸せ」に過ごせます。
何故かというと、「今の自分」に満足して、感謝することができるからです。
宮司さんのお話は、実は内容的には、今、私がお話ししたこととは全然違うのですが、、、
判りやすくするために、たとえ話を作ってみました。
でも、結果としては同じことです。
「今の自分の状況」を認めて受け容れて、その中で折り合いをつけながら生きてゆく。
そんな風なことを教えて戴きました。
私自身、寺族でありながら、恥ずかしい(*´ェ`*)
全然、そういう生きる上での基本が理解できていませんでした。
もちろん、その教えそのものは知っているし理解していますが、
本当の意味では理解できていませんでした。
とても良いお話を伺うことができたと感謝しています。
合掌