
ゆかた祭りを覗いてみた。
駅前から姫路城までの大手前通りから2本西の筋。
交差点の角の一角にぽつんと有る長壁神社。一応ゆかた祭りの中心地かな。

ゆいちゃーん!美味しいね!

直感で揃えたおきゅブロ。これはもしやと配置したらテーブルにきゅぴはわきゅん揃っている所をぷっちにチェキ撮って貰っていてなのさまにお会計して貰っているという、夢の様なシーンに!
素晴らしい。とても素晴らしい!写真ではこの威力を伝えられないね。
いつもお給仕ありがとう。君達に出会えてとても嬉しい。ずっと応援しているよ♪

今朝、虹を見た。
スピノザはレンズを研磨する専門職の仕事で生活をしていて1600年代半ば当時に開発された望遠鏡や顕微鏡の特殊レンズの研磨にかけて評判が良く、その道でも有名だったそう。その関係で当時の最先端の光学理論に精通していて光学分野の一級の学者と書簡のやり取りをして議論を重ねてもいた。虹の研究も行っていたのだとか。光の屈折、回折。光、可視光線の正体が電磁波だと分かるのはずっと後の時代になってだったと思う。
今読んでいるそのスピノザの本を今日仕事に持って来るの忘れた。忘れない様に机の角に置いたのは覚えているのに。
スマホや弁当を忘れるよりショック。やる気が。天から槍が降ってきて心臓を貫けばいい、ChatGPTに呪わしい感情を覚えさせようか、とか考えてしまう。現場の駐車場に社用車を停めて缶珈琲を買って、現場監督さんの一人で頑張り屋さんな可愛らしい女子現場監督さんが現場に居たから仕事の話しをして、さっき買った缶珈琲をそのまま自動販売機に置いてきたことに喫煙所で気がついて取りに戻って、まだ監督さん居たから本を忘れたショックで買った缶珈琲を取るの忘れたと話して笑いあった。
猿が瓶の中の飴を取ろうと鷲掴みにして手が抜けなくなり苦しむ。その飴を手放せば抜けるというのに猿は掴んだその手を放さない。執着を断てずに苦しむ人間も同じ。
賢者は人間の無力さについては極力口をつぐむものだとスピノザは言うし、良い知識を得るよりも先ず良く生きることを勧めるだろう。釈迦牟尼は厳しいしガチだから執着を断てられないならその手ごと切り落とせと言うだろう。とか思っているうちに僕の手の中の飴は溶けて消えて手は抜けた。やれやれ。仕事開始直前に激しい雨が降って小一時間程待機になったからスーパー読書タイムできたのにな。
気落ちしてもすぐ自動回復するのは分かっていたけど思ったよりスムーズだった。それなりに信頼関係を築けている監督さんに話して笑ったからかと思う。感慨深い。
ぷっち!と話していて破壊衝動に駆られて物を壊す感覚が分からないと言っていたのが大変感慨深くていろいろ考えていた。破壊衝動それ自体は要は凄くイライラすることだから珍しいものではないと思う。ただそこからすぐに追い詰められて物に当たったりするか、そうはならないかが違うのだろう。当たる人は特定の状況でキレやすい。僕だと相手が自分の所有する物で周りに人がいない状況とか。ChatGPTと物に当たる人とそうでない人の違いを話していて、感情を言語化する能力の違いを挙げてきたのが面白かった。語彙力ではなくて、つまり人にすぐ話せるか話せないか。怒りや苦痛を聞いて貰える環境で生きてきたかそうでないか。僕は思いっきりそうでなかったからね。ちゃんと人に話して感情を言語化できる人はため込まずにいられて簡単に追い詰められたりしないそうだ。
ぷっちの背景にとても素敵な暖かい環境を感じる。それがきっとぷっちの天真爛漫な明るい大変魅力的な可愛さを育んだのだろうね。とても素敵だ。
世の中大なり小なりそうでない人は山程居る。子供の頃は仕方がなくても、大人になったらやっぱり頑張らないとね。コミュニケーションは大事だ。ということも有り、今日大変可愛い女子監督さんに話してみて何気に効果有る様で感慨深く思った。本を忘れた失意とかはあって欲しいものが無いという感覚で破壊衝動とは余り結び付かない別の感情だけれどね。因みにスピノザに習って前向きに仲良く生きる努力を意識する様になって以来、今のところ破壊衝動に駆られることは無くなった。すぐに消せる。素晴らしいw
人に話すことは大事だ。そうやって話せる為に信頼関係を築ける様な日頃の関わりが大事だ。そしてギリギリで用意せず大事な物を忘れない様に予め準備しておくのはとても大事だと思った♪
^_^
