なかなか足を止めて見てもらうというのも難しいものだね。絵のコピーも友人が一枚買ってくれた切りだったけど一枚売れてよかったよ。カメラを持った外国人が絵を撮ってもいいですかと言って来た。これが一番の収穫かな。いいですよと答え撮って貰った。名刺ありますか、といわれて一枚渡した。名刺作ってきてよかったよ。紙をハサミで切ってペンで書いたやつだけど役にたったよ。四枚作って持って行った。財布に入れて。来てくれた友人にも渡したから二枚使ったことになる。よかったよかった。ひとりでもいることが本当に救いになる。文学フリマもそうだけど大勢の人が来てくれるから「ひとり」が現れやすい。小さい規模のところだと難しいかもしれない。とにかくひとりに救われる。ひとりが希望。多いほうがいいかもしれないけど誰かに何かが伝わるというのはとても嬉しい。全滅はつらい。しかし全滅でも明日がある。信じてやるしかない。小説も絵も作風を変えずこつこつやるつもり。デザインフェスタ再出展は二年後の予定。作品がたまったら出します。皆様どうもありがとうございました。
絵を10枚かばんに詰め込みましたよ。クッションとか。赤いやつ。100円ショップで5年ぐらい前に買った。汚れていたので掃除機をかけたよ。明日は7時ぐらいに起きて8時ぐらいに家を出ればいいかな。お茶をペットボトルに入れてと。途中コンビニでおにぎりを3個ぐらい買おうかな。店番中に読む本を持って行くか。3冊ぐらい。よろしくお願いしま~す!G‐252で~す!
貧乏アイドルとしてテレビなどで活躍していた上原美優さんが自殺したとのニュースをめざましテレビで見た。サンデージャポンや恋のから騒ぎやさんま御殿での姿が思い出される。まだ若いしショックを受けた。ブログを見てみたらコメントがたくさんついていた。その中に「自殺はいけない」とか「仏教では地獄におちる」というコメントがあり、違和感を感じた。本人にしかわからないつらさがあっただろう。縁やタイミングや運などもあるだろう。紙一重で自殺せずに済んでいる人もたくさんいるだろう。強いから自殺しないとか弱いから自殺するというわけでもないだろう。強いの中身が鈍感さだったり、弱いの中身が繊細さであることもあるだろう。そしてそれは一面的に長所とも短所ともいえない個性であろう。個別の悩み、個別の苦しみがあるのだ。誰かは生きたいけど生きれなかったから死を選んではいけないとはいえない。個別のものなのだ。誰かは若くして死んだからその分も生きなければいけないとは言えない。確かに誰かの遺志を受け継ぐ感じで生きるということはあるだろうがそれは信念や意志や生命に共鳴して生きようというもので道徳や義務とは関係ない。個別に生き個別に死ぬ。個別に幸せで個別に苦しい。日本で自殺者は年間3万人だそうだ。人類の歴史で自殺したすべての人に「自殺は親不孝」とか「自殺したら地獄に行く」とか言えるのか。正気なのか。苦しくて耐えられなくてもがいたあげく死を選んだ人に何を根拠にそんなことが言えるのか。尊厳死はどうなるのか。罪の意識に苛まれて自殺する人もいるだろう。過去のトラウマに食い殺されそうになり自殺する人もいるだろう。誰が何を理由に責められるのか。責める人自身は一体どこに立脚しているのか。どんな思想どんな哲学どんな人生観に立脚した発言、感情の発露なのか。命は誰の者なのか。他人の命のギリギリの選択にあなたは一体この世界のどの場所から発言しているのか。世界も感受性も人の数だけ、いや人の数以上にあるのだ。一人の人間の中でも刻一刻と世界は変化し、その瞬間にも本人にも意識できない複数の世界観や人格を所有しているのではないか。誰もが日常的に死にたいとか殺したいとか思ったりしつつ何とか生きているのではないか。真剣に生きれば生きるほどダメージもでかいのではないか。不安定な人間壊れやすい人間だとしても責めるのはやめてくれ死んだ人間に説教するのはやめてくれ神や道徳や常識や強さを持ち出して否定するな