何度も歌詞を読んでみるとどうも「Be My Baby 」とはこの男の子にとって「キス」のようです。言葉では何と言っていいかわからない。大好きだけど言葉にならない。「キス」で気持ちを伝えたい。どうやら一番の歌詞の中で勇気を出してキスをしたみたいです。そして二番の歌詞の中では女の子のほうから「キス」=「Be My Baby 」をされる。奪われる。「君からのBe My Baby 」ということです。大好きだけど言葉には出来ない。この胸が苦しい。イメージしよう。「唇にBe My Baby 」。
ひとつ前のブログで「キスは夢だった」と書きましたが、また聴いてみるとどうやら現実のように思われます。「盗むようにキスをした」ものの「彼女になって」とは言えない。でも女の子のほうからも「いたずらっぽくキス」をしてくれた。こっちは好意をはっきり込めたキス。Be My Baby の。僕はまだ言えないけれど。ふたつのキス。イヤホンから漏れて聴こえてくるのは究極のラブソング。「唇にBe My Baby 」。
さっしーもこの曲大好きだそうですが、私も大好きです。今までの一位が『希望的リフレイン』二位が『真夏のSound good!』でしたが『唇にBe My Baby』が一位です。ここに来て最高傑作、本当に凄いです。勿論何が傑作とか何が好きとかは人それぞれで、私自身でもこれからどんどん変わったりしてもそれはそれで良いのです。それに曲の上下なんて明確なものはありません。それで良いのです。この曲が好きだ。そしてこの曲の歌詞について考えてみたいのです。初めて聴いた時「これはいいんじゃないか?」という予感のようなものがあり、数回聴いて大好きになりました。曲は王道のアイドルソング。歌詞は克明で淡々とした情景描写のような部分に「おっ」と思いました。しかし何度も聴き、歌詞を読んでみるにつけ、恐るべき怪物性、とてつもない真理のようなものが浮かび上がってきました。まさに「恋の尻尾はつかまえられない、ふれたら消えてく幻」(ポニーテールとシュシュ)です。この歌詞には男女が出て来ます。多分若い男女、学生と思われます。二人は友達同士のようです。男の子は女の子が好きです。でも男の子は勇気が出ずに告白出来ない。気持ちが伝えられない。男の子は思います。気持ちを伝えたい、と。君が好きだ、僕の彼女になって欲しいと言いたいと。「唇にBe My Baby」、(Be My Babyとは俺の彼女になってくれという意味だそうです)「唇にBe My Baby 」とは好きだと言葉にしたい、口に出したい、気持ちを伝えたい、というような意味でしょう。何度か聴いているうちは、バス停に二人がいて、二人がバスに乗り込み、男の子からキスをして、その後、後ろの席で女の子からキスをする。男の子の肩に眠ったふりして頭をもたれかける女の子。女の子のイヤホンから聴こえて来る音楽と二つのキスの存在、それが二人にとって「究極のラブソングかもしれない」それが初めの解釈でした。それでも大感動です。大大大大大感動です。しかしさらに聴いて歌詞を読むと別の解釈が浮上してきました。「イメージしよう、唇にBe My Baby 」という歌詞が出て来ます。バスが近付くバス停。ガードレールに腰掛け、スマホで音楽を聴く二人。これは「現実」だと思います。しかしその後バスに乗り込みキスをする二人。というのはその男の子の「イメージ」なのではないでしょうか。夢、幻想、想像、妄想、イメージトレーニング的な計画、なのではないでしょうか。そして二番のバスの後ろの席での「二度目のキス」、これも妄想なのではないでしょうか。そして場面は「現実」に戻ります。ガードレールに腰掛けている二人です。女の子はスマホで音楽を聴いています。イヤホンから漏れて来る音楽が「二人にとって究極のラブソングかもね」と男の子は思います。ここで「かもね」と言っているのもポイントなのではないでしょうか。「だよね」と、女の子と気持ちを共有し、通じあって確認しているのではない。「なのさ」と自信満々に断言しているのでもない。これは「告白前」の状態、「一歩踏み出す前」の状態、お互いにお互いの気持ちはほぼわかっているのに怖くて進めない状態、まどろっこしい、苦い、切ない、でも、だからこそ、甘い、そんな状態、そんな、今のこの状態こそが「二人にとって究極のラブソング」「かもね」と言っているのではないでしょうか。それは「最高」「究極」と断言するにはあまりにも切なく、未熟です。悲しく苦しくもある。でも、だからこそ、そこに「永遠」が「甘さ」が「究極のラブソング」があるのではないでしょうか。「恋の尻尾はつかまえられない、ふれたら消えてく幻」なのですから。「キッス&キッス二人にとって、究極のラブソングかもね」。