何かに憧れた経験はあるだろうか。

理想とする生き方や人物像、

こうなりたいという欲望だったり、手に入れたい、近づきたいなど様々な思いの形がある。

時に現代では「推し活」として趣味になっていたり、

異性の好きなタイプとして話のネタになったり、

何かに影響を受けた動画や漫画、音楽など見える形で作品が産まれたりしてもいる。







自分と違った性質をもつ人間に憧れる人も多いだろう。私もその一人だ。

ただ、私は何を言われてもたいてい少しは共感できる共感のプロ、共感リストなので、これは全く自分の視点に無い!ということがなかなかない。

そんな私がこの人は私に全く無いものを持っていると、憧れた経験がある人間を今日は紹介したい。










私が憧れている点がある人物は何人かいる。が、今日紹介したいのは否定することを恐れないノンデリカシー暴走車の友人Aだ。彼は人の意見を否定することに一切の躊躇がない。

Aに悩み相談をした私の友人は、





「そんな事で悩んでも意味ないやん!考えるだけ無駄だからやめた方がいいよ」





と一刀両断されていた。配慮がない。

彼はうつ病になる人の気持ちが全く分からないとも言っていたが、こんなに嫌な情報が溢れる現代で気持ちが分からないとまで言い切れることがあるだろうか。

しかしそれに救われる時もある。

考えが煮詰まって疲れた時の一刀両断は、余計な思考を止めてくれるのだ。








Aの適度に人の話を聞かないことと、自分と他人を切り分けて考える力は、特殊能力だと思っている。

特に現代において、自他境界は気づかないうちに曖昧になっていくものだ。




憧れの感情から、好きなアーティストをロールモデルにしたり、推しにお金を貢いでいるうちに、自分が応援している相手は自分と同じ考えだと少なからず思ってしまうのである。




推しの熱愛が出たときに親のように説教したりひどい言葉を投げるファンや、自分が叶わなかった大学やスポーツを子供に託す親などがまさにそれだ。





こんなにお金と時間をかけて愛を伝えているのだから自分の期待を裏切るはずが無いだろうという意識が無意識下でどんどん高くなる。という原理だ。





そんな自他境界の曖昧さを彼からは感じたことが一切ない。そして多分、ハッキリとものを言ってもなんか許される可愛げをもっている。

おそらく彼がゲームのキャラクターだったら、

大して活躍もしないのに大事なところは押さえていて、可愛げの高さによって生き残るラッキーキャラクターにちがいない。

ハンターハンターで言うとウェルフィンだ。










そういえば彼は50歳くらいで死にたいとも言っていた。病むという考えがないので、もちろん希死観念がある感じもない。





このまま生きていくだけだともうやること無くなりそうだし、ボケたら終わりやん、という浅い考えに基づいた発言だが、嘘をついている感じでもない。そして病気や事故で自分の前から姿を消してしまいそうな儚い感じも全くしない。 





ただ、飽きたから持っているゲームを売りに行くくらいの感覚で人生に終止符を打とうとしているようだった。











私は食べ放題に行ったら後悔するくらい食べ続けるタイプなので、それに比べてものごとの引き際を自分で設定できる時点で意外とかなり大人なのだろう。

とはいえ、死に対してもこんなにフラットに考えている人は珍しい。

生きていることに絶望はせず、でもつまらないとは思っている。

しかしひねくれた考えではなく、感情に素直で、子供のようでも大人でもある。

趣味の悪いジョークで爆笑していたりもするし、

美術館で見た現代アートがツボにはまったのか笑い転げていたし、ゲーム内の私の家は彼に爆破された。かなりのクソガキ。

だが、不思議と縁は中々きれないのである。






きっと私はそこに憧れている。なれないからだ。

色んな視点からものを見るプロ共感リストの私の体には、何も考えずに自分の意見を言ってみるプログラムが組まれていない。

逆を言えば、数々の彼の愚行を、自分にはないからという興味と憧れで全て許しているのかもしれない。恐るべしラッキーボーイだ。

もし彼が50歳で死のうものなら、デスマスクをとって玄関にでも置いておこうと思う。